
D&O保険(会社役員賠償責任保険)の保険料は、決まった定価ではなく、会社の規模・業種・役員体制・過去の請求履歴・補償設計を保険会社が評価して算出します。同じ補償内容でも、株主代表訴訟が起きやすい上場企業と、取引先や従業員からの請求が中心になりやすい非上場の中小企業では、提示される保険料も引受条件も変わります。相場を探す前に、自社のどの条件が保険料を動かしているかを押さえるのが先決です。
Summaryこの記事のポイント
- D&O保険の保険料は、売上や総資産などの規模、業種の訴訟リスク、役員構成、請求履歴、支払限度額と免責金額の設計を組み合わせて決まります。
- 損失を負う主体は会社・役員個人・第三者に分かれ、誰のどの費用を補償するかで保険料も補償範囲も変わります。
- 引受審査は決算書やガバナンス資料など書類の内容で条件が固まります。どの書類が必要かは補償設計によって変わるため、手元の資料が揃っていない段階でも相談を始められ、必要な資料は相談のなかで一緒に洗い出せます。
- 賠償を請求されても必ず保険金が出るわけではなく、免責事由や退任・新任役員の扱い、遡及日を確認しないと補償が届かないことがあります。
- 更新・上場準備・役員交代など見直しの起点となる場面ごとに、点検すべき証券欄と社内資料は変わります。
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D&O保険は誰のどの損失を守るのか
D&O保険(会社役員賠償責任保険)とは、会社の役員(取締役・監査役・執行役など)が職務に関連して損害賠償を請求されたときに、その賠償金や争訟費用を会社の契約でカバーする保険です。ここで損失を負う立場は一つではありません。役員個人が賠償責任を負う局面、会社が役員に費用を補償する会社補償の局面、そして請求する側の第三者という三つの主体が絡みます。この主体の分離を意識しないまま「役員向けの保険」とだけ捉えると、補償の過不足を見誤りやすくなります。
会社が役員のために結ぶ保険契約は、会社法で「役員等賠償責任保険契約」として位置づけられ、契約内容の決定手続が定められています(会社法・e-Gov法令検索、第430条の3)。誰のどの費用を守るのかを分けて整理することが、補償設計と保険料の両方を見極める出発点になります。法人が備える損害保険の全体像は法人向け損害保険の種類一覧もあわせて確認すると位置づけが見えやすくなります。
見直しを考える場面と自社の該当条件
D&O保険をあらためて点検すべき起点は、日常業務のなかでは見えにくく、たいてい会社の節目に現れます。更新月が近づいたとき、上場準備で審査対応が本格化したとき、社外取締役を新たに招いたり事業承継で役員を交代したとき、あるいは大口株主の異動や取引先とのトラブルで役員個人へ矛先が向きかねないと感じたとき。こうした場面が、補償と保険料を見直す実務上の合図になります。裏を返せば、更新書類が届いてから慌てて条件を比べるのでは、点検の時間が足りません。
自社が該当するかどうかは、上場か非上場か、売上規模、業種、ガバナンス体制、直近の決算内容といった条件で見分けます。上場企業や上場準備中の会社は株主代表訴訟を軸に補償の厚みが問われ、非上場の中小企業は取引先や従業員からの請求を軸に据えることになります。役員数が少なく特定の個人へ責任が集中しやすい会社ほど、個人が負いきれない賠償額をどこまで会社の契約で受けるかが具体的な論点です。まず自社がどの型に当てはまるかを決めておくと、後段で示す証券欄や資料の点検が的を絞れます。
保険料を決める五つの要因
保険料の水準を考える前提として、D&O保険が含まれる賠償責任保険の市場規模を確認しておきます。日本損害保険協会「種目別統計表(2025年4月〜2026年3月)」によると、賠償責任保険の2025年度の元受正味保険料は789,313百万円(前年同期比0.5%増)です(2026年7月時点、出典)。D&O保険やPL保険を単体で示す数字ではありませんが、企業が負う賠償責任の領域が、保険料収入の面で大きな市場になっていることは読み取れます。
同じ統計表では、賠償責任保険の2025年度の元受正味保険金は359,859百万円(前年同期比8.4%減)です(2026年7月時点、出典)。保険料を見るときは、金額の安さだけでなく、実際にどの請求・どの費用が支払対象になる設計かまで確認する理由があります。
D&O保険の保険料は、おおむね次の要素の組み合わせで決まります。各要素は独立しておらず、規模が大きい会社ほど請求金額も業種リスクも積み上がるように、相互に影響し合います。
| 要因 | 保険料が上がりやすい方向 | 確認の着眼点 |
|---|---|---|
| 事業規模(売上・総資産) | 規模が大きいほど上がりやすい | 直近の売上高・総資産・従業員数 |
| 業種 | 訴訟・賠償リスクが高い業種ほど上がりやすい | 金融・医療・建設・ITなどの業態特性 |
| 役員構成・体制 | 社外役員やガバナンス体制が整うと評価されやすい | 役員数・社外取締役比率・委員会設置 |
| 過去の請求・トラブル履歴 | 訴訟歴・行政指導歴があると上がりやすい | 過去数年の係争・是正勧告の有無 |
| 補償設計 | 支払限度額が高い、免責が小さいほど上がる | 支払限度額・免責金額・補償範囲 |
事業規模の見方
売上高や総資産は、賠償請求が起きたときの潜在的な損害規模を測る代表的な指標です。規模が大きいほど株主や取引先の数が増え、請求金額も膨らみやすいため、保険料は上昇しやすくなります。海外売上比率が高い会社では、訴訟文化の異なる地域のリスクも評価対象に加わります。
業種の見方
同じ売上規模でも、業種によって賠償リスクの水準は変わります。金融・医療・建設・不動産・ITなど、専門的な判断や安全管理が問われやすい業種は、相対的に引受評価が慎重になりやすい領域です。規制の変化が大きい新規事業も、審査で追加の確認が入りやすい点に留意します。
役員構成・ガバナンスの見方
役員の人数だけでなく、社外取締役の有無や比率、各種委員会の設置状況、内部統制の整備度合いが評価されます。ガバナンス体制が整っていると、リスク管理ができている会社として引受で考慮されやすく、体制が不透明だと条件が厳しくなりがちです。ここは保険料を左右するだけでなく、会社法上の契約手続とも結びつく論点です。
争点はどこに偏るか
D&O保険で実際に問題になる請求は、あらゆる方向へ均等に散らばるわけではなく、いくつかの型に偏ります。代表的なのは、株主が役員の任務懈怠を問う株主代表訴訟、取引先・従業員・投資家などの第三者からの訴訟、そして行政や当局による調査対応です。上場企業は株主代表訴訟に、中小企業は第三者からの請求に重心が寄りやすいという傾向があり、どの型を主に警戒するかで必要な補償も保険料の受け止め方も変わります。
注意したいのは、役員に賠償責任がありそうでも、必ず保険金が支払われるとは限らないという点です。故意による行為、違法配当、私的利益の追求などは免責事由として支払対象外に置かれることが多く、争訟の過程では請求内容と役員の関与を裏づける証拠が判断を分けます。従業員からの請求は、雇用にまつわる争点として別の補償と切り分けて考える必要があり、使用者賠償と雇用慣行賠償の整理と重ねて見ると、どの請求をD&Oで受け、どこを他の保険で受けるかが見えてきます。経営者・役員が直面するリスクの類型は日本損害保険協会「経営者・役員のリスク」にも整理されています。
当局や行政による調査に伴う対応費用は、賠償金とは別の枠で扱われることがあり、どこまでを保険で受けられるかは補償範囲の記載しだいです。第三者からの訴訟でも、契約上の債務不履行に近い請求や、製品・サービスそのものの不具合を問う請求は、D&Oではなく別の賠償責任保険が受け皿になることがあります。自社に起こりうる請求を株主・第三者・当局の三方向で書き出し、それぞれをどの保険で受けるかを対応づけておくと、補償の穴が浮かび上がります。
補償設計と証券で確認する欄
同じ会社でも、支払限度額・免責金額・補償範囲・追加特約の組み合わせ次第で保険料は動きます。限度額を高く設定すれば安心感は増しますが、その分だけ保険料は上がります。免責金額(自己負担額)を引き上げると保険料を抑えられることがあり、会社の資金余力と割り切れる自己負担の水準で調整する余地があります。
設計の当否は、証券の細かな欄を読み解くとつかめます。支払限度額の欄では、争訟費用が限度額の内枠か外枠かで実際に使える補償が変わります。てん補期間や保険期間の欄、縮小てん補割合(保険金の削減割合)の有無、そして遡及日の扱いは見落としやすい箇所です。とりわけ遡及日は、契約前の行為に起因する請求をどこまで拾うかを左右し、他社へ乗り換えると過去の在任期間に担保されない空白が生じることがあります。継続契約でつないできた会社が乗換で保険料だけを比べると、この空白を見落とします。証券を開いたら、限度額・免責金額・遡及日・退任役員の扱いの四つは番号を追って読み合わせておくと安全です。
ここで手段として効くのは、保険料そのものを下げることではなく、想定する争点の損害規模に補償を合わせることです。株主代表訴訟の賠償額は役員個人では負いきれない水準に達しうるため、限度額を実態に届かせておくことに経済的な意味があります。逆に、起こりにくい争点へ過大な限度額を積めば、払い過ぎになります。過不足のある設計は、いざというとき想定した補償が受けられない原因にも、保険料を払い過ぎる原因にもなります。実際の支払可否は約款・免責事由・個別事情で判断されるため、設計段階での確認が欠かせません。
引受審査は決算書とガバナンス資料で決まる
D&O保険の引受は、口頭の説明ではなく提出書類の内容で条件が固まります。保険会社は主に決算書で規模と財務の健全性を確認し、役員一覧や社外役員比率、委員会設置状況といったガバナンス資料で体制を評価します。過去の訴訟・行政指導の有無を示す履歴情報も、請求発生リスクの読み方を左右します。つまり審査は書類のところで止まり、そこに何が書かれているかで見積りが決まります。
決算書では、売上高と総資産のほか、自己資本比率や有利子負債、繰越利益、注記に記された係争や偶発債務まで目を通されます。数字が財務の不安定さを示すと、引受側は請求の起きやすさを保守的に読み、条件が硬くなりがちです。ガバナンス資料では、役員名簿の顔ぶれと社外取締役の比率、取締役会や各種委員会の運営実態が、体制の実質を測る材料になります。ここが薄いと、体制の良し悪しを数字だけで推し量られてしまいます。
この資料は社内の一つの部署だけでは揃いません。決算書と注記は経理、役員名簿や委員会の設置状況は総務や経営企画、過去の係争や行政対応の記録は法務がそれぞれ握っているのが一般的です。資料が社内のどこにあり、どこが埋まっていないかの確認は、ご相談のなかで一緒に整理していけます。同じ土台の資料で複数社に見積りを依頼できれば、保険料差の理由まで比較が意味を持ちます。
保険料を見直すときに確認すること
更新時や新規加入時に保険料を検討する際は、金額の高低だけで判断せず、次の観点を併せて確認すると比較の精度が上がります。
- 補償範囲が自社のリスクと合っているか。株主代表訴訟・第三者請求・当局対応など、想定するシナリオがカバーされているか。
- 免責事由の内容。故意・違法配当・過去の事案など、支払対象外となる条件を理解しているか。
- 限度額と免責金額のバランス。限度額が実態に対して過大や過小になっていないか。
- 退任役員・新任役員の扱いと遡及日。在任中の事案や就任前後、乗換時のカバー範囲が明確か。
- 複数社の条件比較。同条件で見積りを取り、保険料差の理由を説明できるか。
見積りの根拠になる資料
保険会社や代理店が見積りを組み立てるとき、判断材料になるのは次の資料です。前段のとおり審査は書類で決まるため、どの資料が保険料のどの部分に効くのかを知っておくと、提示された金額の理由を読み解けます。
これらが手元に揃っていなくても相談は始められます。どこに何があるか分からない段階でも、話を聞きながら不足している資料を洗い出し、相談のあとで一緒に整理していけば間に合います。
| 区分 | 具体的な資料 | 確認される主なポイント |
|---|---|---|
| 財務情報 | 直近の決算書・売上高・総資産 | 事業規模と潜在的な損害規模 |
| 会社概要 | 事業内容・業種・海外拠点の有無 | 業態特有の賠償リスク |
| 役員・体制 | 役員一覧・社外役員比率・委員会設置状況 | ガバナンス体制の評価 |
| 履歴情報 | 過去の訴訟・行政指導・是正勧告の有無 | 請求発生リスクの履歴 |
| 既存契約 | 現在の保険証券・補償内容・更新時期 | 補償の過不足と乗換時の条件 |
相談で一緒に確認していく論点
- 直近の決算書と役員一覧が、社内のどこにどのかたちで残っているか。
- 自社の業種特有の賠償リスクが、どの事業や取引に潜んでいるか。
- 過去数年の訴訟・行政対応があったかどうか。
- 現在加入している保険証券の補償内容・限度額・免責・遡及日がどうなっているか。
- どこまで備えたいかという補償の目安を、どのあたりに置くか。
自社条件で結論は変わる
D&O保険の保険料は、規模・業種・役員構成・履歴・補償設計が絡んで決まるため、同じ業界でも会社ごとに適正な水準が変わります。一般的な相場感だけで判断すると、補償が不足したり、逆に過剰な保険料を払い続けたりするおそれがあります。迷いやすいのは「どの争点にいくら備えるか」の線引きで、ここは自社の株主構成や取引形態を書類で棚卸ししてはじめて詰められます。証券の遡及日や退任役員の扱いまで踏み込むと、決算書・ガバナンス・過去の係争を横断して読む判断が要り、社内の一部署だけでは結論を出しにくくなります。
那由他保険テクノロジーズでは、貴社の証券・規程・契約条件・運用実態を確認したうえで、争点の偏りと引受審査の視点から補償設計と保険料のバランスを整理します。相談先の選び方に迷う場合は港区の保険代理店相談先一覧も参考になります。自社の条件に即して補償範囲を確認したい方は、お気軽にご相談ください。
よくある質問
D&O保険の保険料はどのくらいの幅で変わりますか?
会社の売上規模・業種・役員構成・補償の限度額によって大きく動くため、一律の相場を示すのは難しいのが実情です。同じ補償内容でも、訴訟リスクの高い業種や規模の大きい会社では高くなりやすくなります。自社の条件で複数社の見積りを比較することをおすすめします。
保険料を抑えるにはどうすればよいですか?
免責金額を引き上げる、限度額を実態に合わせて見直す、ガバナンス体制を整備するといった方法が考えられます。ただし保険料を下げることだけを優先すると、想定した争点で補償が不足することがあります。リスクと自己負担のバランスを見ながら設計する視点が欠かせません。
非上場の中小企業でもD&O保険は必要ですか?
非上場でも、取引先・従業員・債権者などから役員個人が賠償を請求されるリスクはあり、加入を検討する中小企業は増えています。株主代表訴訟より第三者からの請求が争点になりやすい点を踏まえ、自社の役員体制と取引形態から必要性を判断するとよいでしょう。
賠償を請求されれば必ず保険金は支払われますか?
そうとは限りません。故意による行為、違法配当、私的利益の追求などは免責事由として支払対象外に置かれることが多く、争訟では請求内容と役員の関与を裏づける証拠が判断を分けます。支払可否は約款と個別事情で決まるため、免責事由を契約前に確認しておくことが肝心です。
役員が退任した後に起きた請求も補償されますか?
在任中の職務に関する事案か、退任後にどこまでカバーされるかは、契約の対象期間や退任役員の扱い、遡及日で変わります。就任前後や退任後の請求をどう受けるかは見落としやすい論点のため、証券の該当条項を確認し、必要なら特約の有無を相談で詰めておくと安心です。
相談のときに最初に用意すべき資料は何ですか?
直近の決算書と役員一覧、現在加入している保険証券の三点をまず整えると、規模・体制・既存補償の土台が揃い、見積りの精度が上がります。加えて過去数年の訴訟や行政対応の有無を確認しておくと、引受審査で問われる履歴情報にスムーズに答えられます。
参考一次情報・公的資料
- 会社法(e-Gov法令検索・役員等賠償責任保険契約は第430条の3)
- 日本損害保険協会「経営者・役員のリスク」
- 日本損害保険協会「企業のための保険ナビ」
- 日本損害保険協会「保険種目別データ」
- 金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針」
- 金融庁「保険募集管理態勢」
情報確認日:2026年7月3日
執筆:中村 祐太朗(那由他保険テクノロジーズ株式会社 Risk & Benefits事業 執行役員/損害保険・生命保険募集人)|編集:那由他保険テクノロジーズ株式会社 編集部|最終更新日:2026年7月3日
本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の補償・引受・保険料・保険金支払の可否は、商品・約款・契約条件および個別事情によって決まります。法務・税務・労務・会計にわたる判断は、弁護士・税理士など専門家への確認が必要になる場合があります。