
自社SaaSやECプラットフォームに保険・保証を組み込み、ARPU(顧客あたり売上単価)の向上につなげられないかと検討する事業責任者が増えています。付帯保険や組込型保険(Embedded Insurance)は、ユーザー体験を損なわずに収益源を追加しうる手法として注目されていますが、実現には保険業法上の募集規制、保険会社との引受交渉、プロダクト側のデータ整備など多角的な準備が必要です。本記事では、収益仮説の立て方から規制論点、相談の進め方までを体系的に整理します。
Summaryこの記事のポイント
- 自社サービスに保険を付帯する際の収益モデルと、対象になるケース・対象外になりやすいケースを整理
- 保険と保証の違い、募集規制・法務確認・保険会社確認の必須論点を比較表で解説
- 資料が未整理の段階からでも相談を始められる進め方と、成長フェーズ別の検討ポイントを提示
法人保険のご相談を受け付けています
初回のご相談・現契約の診断は無料です
自社プロダクトへの保険付帯とは──ARPU向上の可能性を探る組込型保険の基本構造
組込型保険(Embedded Insurance)とは、保険会社が提供する保険商品を、自社のサービスやプロダクトの購入・利用フローに組み込む仕組みです。ユーザーは別途保険会社のサイトへ遷移することなく、サービス利用の延長線上で補償を得られます。事業者側は保険料の一部を手数料収入として受け取る、あるいはサービス料金に補償コストを含めて単価を引き上げることで、ARPUの改善につなげることを目指します。
ただし、保険の「募集」に該当する行為を行うには、保険業法上の登録・届出が必要です。自社が保険代理店登録を取得するか、既存の保険代理店と提携するか、あるいは「募集」に該当しないスキーム設計を行うかなど、法務面の整理が欠かせません。
対象になるケースと対象外になりやすいケース
| 区分 | 具体例 | 備考 |
|---|---|---|
| 対象になりやすいケース | ECプラットフォームでの配送事故補償、SaaSのデータ消失補償、シェアリングサービスの物損補償、サブスクリプション型延長保証 | ユーザーの利用シーンと補償ニーズが明確に結びつく場合 |
| 対象外になりやすいケース | 補償対象リスクが曖昧・広範すぎるサービス、ユーザー数や取引データが極端に少ない初期フェーズ、保険会社の引受基準を満たさない業種・リスク | 保険会社が引受判断できるだけのデータや実績が不足している場合は時期尚早と判断されることがある |
| 慎重な検討が必要なケース | 既存の保険商品との重複が生じる領域、ユーザーが個人・法人混在のサービス、海外展開を予定しているサービス | 保険商品の設計や募集規制が複雑化しやすく、個別の法務・保険会社確認が不可欠 |
保険と保証の違い──募集規制・法務確認・保険会社確認の必須論点
自社サービスに「補償」を組み込む際、保険と保証は制度上の位置づけが大きく異なります。どちらを選択するかによって必要な許認可や法務論点が変わるため、事前の整理が重要です。
| 比較項目 | 保険(付帯保険・組込型保険) | 保証(自社保証・延長保証など) |
|---|---|---|
| 根拠法 | 保険業法(平成七年法律第百五号) | 民法・商法・消費者契約法など(保険業法の直接適用は原則なし) |
| 引受主体 | 保険会社(免許制) | サービス提供事業者自身、または保証会社 |
| 募集行為の規制 | 保険業法上の募集規制が適用。代理店登録または募集人届出が必要 | 保険業法上の募集規制は原則不適用。ただし、実態が保険と判断される場合は規制対象となりうる |
| リスク負担 | 保険会社がリスクを引き受ける | 事業者自身がリスクを負担(バックファイナンスの検討が必要な場合あり) |
| 収益モデル | 代理店手数料、またはサービス料への上乗せ | 保証料収入(ただし、保証履行コストを自社で負担) |
| ユーザーへの説明義務 | 保険業法に基づく重要事項説明・意向把握義務あり | 消費者契約法等に基づく説明責任。保険業法上の義務は原則不適用 |
| 主な法務確認事項 | 保険代理店登録の要否、募集行為該当性、比較説明規制、乗換募集規制 | 保険業法の適用有無(少額短期保険業該当性を含む)、特定商取引法、景品表示法 |
保険と保証のどちらを選択するかは、リスクの大きさ、ユーザー数、事業フェーズ、法務コストなどを総合的に勘案して判断します。なお、自社で保証事業を行う場合でも、その実態が保険業に該当すると判断されれば少額短期保険業の登録が必要になる可能性があります。詳細は保証事業のバックファイナンスに関する記事もあわせてご確認ください。
収益仮説の立て方──ARPU変動を試算するための考え方
保険付帯によるARPUへの影響を社内で検討する際は、以下のような変数を整理し、仮説を立てることが出発点になります。
収益仮説に必要な主要変数
- 現在のサービス単価:月額・年額の料金体系を基準値として整理
- 付帯率(アタッチレート)の想定:保険・保証を選択するユーザーの割合についての仮説値
- 補償にかかるコストの想定:保険会社との協議で決まるため、初期段階では仮置きが前提
- 手数料率の想定:代理店手数料またはサービス料上乗せ分の仮説
- 解約率・継続率への影響仮説:補償付帯がチャーン抑制に寄与しうるかの検討
これらの変数はいずれも、保険会社との引受交渉や自社データの分析を経て精緻化されるものです。初期段階で収益への影響を断定することは困難であり、あくまで仮説として関係者間で共有し、保険会社や代理店との協議の中で検証していくプロセスが求められます。
成長フェーズ別の検討ポイント
| フェーズ | 主な検討事項 | 留意点 |
|---|---|---|
| シード〜アーリー | プロダクト・マーケット・フィットの確認、ユーザーの補償ニーズ仮説検証 | 取引データが少なく保険会社の引受判断が難しい場合がある。まず自社保証で小規模に検証する選択肢も |
| シリーズA〜B | 一定のユーザー基盤を前提とした保険会社との引受交渉、代理店登録の要否判断 | 資金調達時に保険付帯の収益モデルを事業計画に含める場合、規制リスクの開示も検討 |
| グロース〜レイター | 複数保険会社との比較検討、付帯率最適化、CS(カスタマーサクセス)データとの連携 | 規模拡大に伴い募集品質管理や苦情対応体制の整備が求められる |
相談のなかで一緒に整理していく情報
以下の資料・情報は、保険会社や保険代理店との協議のなかで論点になるものです。手元にまとまっていない項目があっても相談は始められますので、話しながら一緒に埋めていく見取り図として読んでください。
- サービス概要資料:自社プロダクトの概要、ターゲットユーザー、提供価値を1枚にまとめたもの
- ユーザーデータの概要:月間アクティブユーザー数、取引件数、平均取引単価など(NDA締結前に開示できる範囲で)
- 想定するリスク・補償ニーズの整理:ユーザーが遭遇しうるトラブル・損害の類型と発生頻度の概算
- 現在のサービス単価と収益構造:保険付帯による収益仮説を議論するためのベースライン
- 過去のクレーム・事故データ(あれば):保険会社の引受判断材料として有用
- 事業計画・成長見通し:ユーザー数や取引量の成長予測(保険会社がスケールメリットを判断する材料)
- 法務確認状況:保険代理店登録の有無、募集行為該当性の社内検討状況、顧問弁護士の見解(あれば)
- 競合サービスの補償事例:同業他社がどのような保険・保証を提供しているかの調査結果
すべてを完璧に揃える必要はありませんが、上記の情報が整理されているほど初回相談の質が高まり、保険会社側も具体的な引受条件の検討に入りやすくなります。付帯保険の基本的な仕組みについては付帯保険・組込型保険の解説記事もご参照ください。
保険付帯プロジェクトの進め方──主要ステップと確認事項
ステップ1:補償ニーズと収益仮説の整理
自社サービスのユーザーがどのようなリスクに直面しているか、そのリスクに対する補償ニーズがあるかを調査・整理します。同時に、保険付帯によるARPUへの影響についての仮説を数値化し、社内で事業判断の基礎資料とします。
ステップ2:保険 or 保証の方向性判断
前述の比較表を参考に、保険会社の引受を前提とするか、自社保証として設計するかの方向性を判断します。この段階で法務担当者または顧問弁護士を巻き込み、保険業法上の論点を洗い出すことが重要です。
ステップ3:保険会社・代理店との協議
保険を選択する場合は、保険会社または保険代理店に相談し、引受条件・保険料率・手数料率などの交渉を行います。自社が保険代理店登録を取得する場合は、金融庁の保険会社向けの総合的な監督指針も確認が必要です。
ステップ4:プロダクトへの組み込み設計
UI/UX設計、申込フローへの保険説明の組み込み、重要事項説明の表示方法などを設計します。保険業法上の募集規制に適合する形で、ユーザーへの情報提供と意向確認のフローを構築する必要があります。
ステップ5:運用体制の構築と継続的な改善
保険金請求対応、苦情処理体制、付帯率のモニタリング、CS部門との連携体制を整備します。運用開始後も、付帯率や解約率への影響を継続的に分析し、保険会社との条件見直しを行うサイクルを回します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 自社サービスに保険を付帯するには保険代理店の登録が必要ですか?
保険の「募集」に該当する行為を行う場合は、原則として保険代理店登録または募集人届出が必要です。ただし、スキーム設計によっては自社が直接募集行為を行わない形態も考えられます。具体的な該当性は、サービスの設計内容に応じて個別に法務確認・金融庁への確認が必要です。
Q2. 保険と自社保証、どちらを選ぶべきですか?
一概にどちらが優れているとは言えません。保険はリスクを保険会社に移転できる一方、募集規制への対応が必要です。自社保証はリスクを自社で負担しますが、設計の自由度が高い面があります。事業フェーズ、リスクの大きさ、法務コスト、ユーザー体験などを総合的に検討し、専門家に相談のうえ判断することを推奨します。
Q3. 保険付帯によってARPUはどの程度変動しますか?
付帯率(アタッチレート)、補償にかかるコスト、手数料率などの変数によって大きく異なるため、一律の数値を示すことはできません。まず自社のデータに基づいて収益仮説を立て、保険会社との協議の中で具体的な条件を詰めていくプロセスが必要です。
Q4. スタートアップでもユーザー数が少ない段階で保険付帯は可能ですか?
ユーザー数や取引データが少ない段階では、保険会社がリスク評価を行うための情報が不足し、引受が難しい場合があります。その場合、まず自社保証として小規模に検証を開始し、データを蓄積してから保険会社との交渉に移行するアプローチも検討できます。
Q5. 保険付帯のプロジェクトにはどのくらいの期間がかかりますか?
サービスの複雑性、保険会社との交渉状況、法務確認の範囲、プロダクトへの組み込み工数などによって大きく異なります。保険代理店登録が新規に必要な場合は、行政手続きの期間も加わります。具体的なスケジュールは、個別の条件を踏まえて保険会社・代理店と協議のうえ策定してください。
Q6. 既存の保険代理店と提携する場合と、自社で代理店登録を取得する場合の違いは何ですか?
既存代理店との提携は、募集行為を代理店に委ねることで自社の法務・コンプライアンス負担を軽減できる一方、手数料の配分や顧客体験のコントロールに制約が生じる場合があります。自社で代理店登録を取得すれば、より主体的に保険募集を行える反面、募集品質管理や体制整備のコストが発生します。事業戦略やリソースに応じた判断が必要です。
Q7. 付帯保険の導入にあたって社内で特に注意すべき点は何ですか?
事業部門だけでなく、法務・コンプライアンス部門、CS部門、開発部門を早期に巻き込むことが重要です。特に、保険業法上の募集規制への適合性確認は法務部門の関与が不可欠であり、事故・クレーム発生時の対応フローはCS部門と事前に設計しておく必要があります。
那由他保険テクノロジーズによる付帯スキームの引受条件・費用負担の比較支援
ここまでの整理を自社サービスに当てはめると、社内検討だけでは決まりきらない論点が残ります。第一に、どの利用シーン(配送事故、データ消失、物損、故障など)を補償トリガーにし、その範囲を利用規約とサービス仕様書のどこへ書き込むか。第二に、保険会社が引受判断に使う材料——月間アクティブユーザー数、取引件数、平均取引単価、過去のクレーム・事故記録——を自社データからどこまで提示できるか。第三に、募集行為を自社の代理店登録で担うか既存の保険代理店との提携に委ねるかで、手数料配分と体制整備の負担がどう変わるかです。
那由他保険テクノロジーズは「保険とテクノロジーで、挑戦の前提を変え、共に未来を拓く。」をミッションに、組成型・付帯型保険ソリューションを扱っています。上記の論点では、御社の利用規約、サービス仕様書、申込フローの画面設計、過去のクレーム記録と、保険会社が提示する引受条件(補償対象事故、支払限度額、免責金額、除外事由、事故通知の期限と方法)を項目ごとに並べ、次を整理します。
- プロダクト側で想定している補償範囲と、保険会社の約款上の補償対象・除外事由がずれる箇所
- 保険料をユーザー負担にするか、サービス料金へ含めて事業者負担とするかで変わる、付帯率と手数料・費用の前提条件
- 保険会社へ提出済みのデータと、追加提出を求められる可能性が高いデータ(取引件数の期間別内訳、クレーム発生率など)の切り分け
- 自社での代理店登録と既存代理店との提携について、募集品質管理・苦情対応の体制負担と、顧客体験を自社で制御できる範囲の違い
この比較の結果、現時点では引受判断に足るデータが不足しているため、まず自社保証として小規模に検証してから保険会社との協議に移す、あるいは付帯の検討自体を次のフェーズへ送る、という判断になることもあります。引受条件は保険会社の審査に依存するため、条件やARPUへの効果をあらかじめ確約するものではありません。また、募集行為の該当性や少額短期保険業の登録要否といった法的判断は顧問弁護士および金融庁への確認が必要で、当社が行うのは、その確認事項を条文と自社スキームの対応関係として具体化するところまでです。
自社で先に進められるのは、補償ニーズ仮説の言語化と、直近12か月分の取引件数・平均取引単価・クレーム件数の集計です。サービス概要資料と想定リスクの類型、これらの数値がある段階でご相談いただければ、保険会社との協議で最初に問われる引受条件と費用負担の論点から検討を始められます。
参考一次情報・公的資料
- 金融庁「保険について」
- 日本損害保険協会「企業のための保険ナビ」
- 日本損害保険協会「損害保険とは?」
- 金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針」
- 金融庁「保険募集管理態勢」
- 日本損害保険協会「損害保険代理店とは」
- 金融庁「少額短期保険業者」
- 日本損害保険協会「経営者・役員のリスク」
情報確認日:2026年10月26日
執筆:那由他保険テクノロジーズ株式会社 編集部|監修:中村 祐太朗(損害保険・生命保険募集人)|最終更新日:2026年10月26日
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の保険商品の推奨や保険金支払いの可否を保証するものではありません。保険業法上の規制適合性、税務処理、法務判断については、必ず専門家にご確認ください。