飲食店の保険6種類|食中毒・火災・休業で動く証券と保険金額の決め方

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結論|飲食店は「火災・賠償・休業・人」の4方向+サイバーの6種類で分ける

飲食店の保険は、火災=店舗財物、賠償=食中毒(PL)と来客事故(施設賠償)、休業=営業停止中の粗利益と固定費、人=従業員のケガ、この4方向にサイバー(予約・決済の停止)を加えた6種類で分けると、抜けと重複が見えます。ひとつの事故で複数の証券が同時に動くため、保険名を並べて覚えるのではなく「誰への・どんな損失か」で分けるのが出発点です。

4方向+サイバー=6種類の対応:火災=火災保険/店舗総合保険、賠償=PL(生産物賠償責任保険)と施設賠償責任保険の2本、休業=休業補償/利益補償、人=業務災害補償保険、これにサイバー保険を加えて6種類です。厨房火災なら「設備の修理費(財物)」と「止まっている間の粗利益・家賃・人件費(休業)」が同時に走り、食中毒なら「お客さまへの賠償(PL)」と「行政処分による営業停止(休業)」が並行します。

もうひとつ前提として、保険金は事故が起きれば自動的に振り込まれるものではありません。請求では、店側が事故の事実・損害の内容と金額・因果関係・免責事由に当たらないことを説明し、書類で裏づける立場に立ちます。「入っていたのに思ったほど出なかった」の多くは、証券のどの欄にいくらで入っていたかという設計と、説明資料の準備の差から生まれます。

Summaryこの記事のポイント

  • 「火災・賠償・休業・人」+サイバーで6種類。同じ事故で複数の証券が動く構図を、事故別マトリクスで確認できます。
  • 食中毒は、賠償(PL)と行政処分による営業停止の休業損失を分けて確認します。休業補償では、食中毒が対象事故に含まれていても、財物損害を伴う事故とは別に支払日数の上限が置かれることがあります。
  • 休業損失は「1日あたりの粗利益×休業日数」で見積もれます。本文に月商・粗利益率・固定費・休業日数を仮置きした試算例と、てん補期間が短い場合に残る自己負担額を置きました。
  • 財物の保険金額は、評価基準(再取得価額か時価額か)と支払方式(実損払方式か比例支払方式か)で結論が変わります。証券の欄名で確認できる形にしています。
  • 業務災害補償とサイバーにも独立した節を置き、政府労災で埋まらない部分と、予約・決済停止時に出ていく費用を事故例で示しています。

公的統計で見る飲食店の食中毒と火災リスク

「起きたらどれくらいの規模か」を、飲食店に限定できる範囲まで絞って公的統計で確認します。

食中毒:厚生労働省「令和7年食中毒発生状況の概要」(薬事・食品衛生審議会 食品衛生監視部会 資料、令和8年3月25日)によると、2025年(令和7年)の食中毒は全国で1,172事件・患者24,727人・死者2人でした。原因施設別の内訳では、事件数で飲食店が56.1%(約658件)、患者数で47.4%(約11,724人)を占め、いずれの区分でも最多です。件数のうえでは「原因施設が判明した事故の過半は飲食店で起きている」と読める水準で、賠償と営業停止の両面を想定した備えが実務課題であることを示しています。

火災:総務省消防庁「令和7年(1~12月)における火災の状況(概数)」(令和8年5月28日公表)によると、2025年の総出火件数は40,783件、うち建物火災は22,345件、損害額は1,053億9,503万円でした。この22,345件を建物用途別に見ると、飲食店は553件(建物火災の2.5%、前年同期比▲3.5%)、ほかに料理店等18件、旅館・ホテル等224件です。また建物火災の出火原因の第1位は「こんろ」で2,779件(12.4%)と、厨房を持つ業種にとって身近な設備が筆頭に来ています。

読み方には注意が必要です。総出火件数40,783件と損害額1,053億9,503万円は全用途・全火災種別の全国合計値であり、飲食店1店舗あたりの損害の大きさを表す数字ではありません。飲食店に限れば年間553件で、1店舗が火災に遭う頻度そのものは高くありません。一方で食中毒は、飲食店が原因施設の過半を占め、複数の来客が同時に被害を受けやすく、賠償と営業停止が並行します。「頻度は低いが一撃が重い火災」と「頻度が相対的に高く、賠償と休業が同時に走る食中毒」という性質の違いを踏まえて、自店の金額は次章以降の試算で組み立ててください。

飲食店に必要な保険6種類を同じ軸で比べる

下表は、飲食店が検討対象にしやすい6種類の保険を、主なリスク・対象になる損失・確認資料の同じ軸で比べる表です。

飲食店に必要な保険6種類を、主なリスク・対象損失・確認資料で比べる
保険主なリスク対象になる損失確認資料
火災保険/店舗総合保険火災、水災、設備・什器の損害建物・内装・厨房設備・什器・商品の復旧費固定資産台帳、購入明細、賃貸借契約
PL保険/生産物賠償責任保険食中毒、異物混入提供後の飲食物が原因の対人・対物賠償衛生管理記録、仕入伝票、苦情・診断書
施設賠償責任保険来客の転倒、設備不備施設の管理不備による第三者への対人・対物賠償設備点検記録、事故報告、事故写真
休業補償/利益補償火災・食中毒等による営業停止営業停止中の粗利益減少と継続する固定費月次売上、粗利益率、家賃・人件費資料
業務災害補償保険従業員のケガ、労災の上乗せ政府労災に上乗せする補償・使用者賠償勤務表、雇用形態一覧、事故状況メモ
サイバー保険予約・決済・顧客情報の停止や漏えいPOS・予約・キャッシュレス停止に伴う損害・費用利用システム一覧、決済・予約の契約内容

この表は「6種類すべてに入る」ためのものではなく、自店のリスクに対してどの損失をどの資料で説明するかを早く決めるための整理です。同じ「賠償」でも、食中毒(PL)と来客の転倒(施設賠償)では証券上の対象が違う点に注意してください。

表の右端に「確認資料」を置いているのには理由があります。保険金請求では、被った損害を店側が数字で説明できるかどうかが結論を左右します。内装や厨房設備の損害なら固定資産台帳と購入明細、休業損失なら月次売上と粗利益率、食中毒の賠償なら衛生管理記録と診断書といったように、損害を裏づける資料の所在を先に決めておくことが、事故時の交渉を早めます。逆に、これらが手元にないと、補償を付けていても損害額を主張しきれず、限度額の範囲内でも支払いが実額に届かないことがあります。

食中毒・異物混入はPLと営業停止を分けて見る

提供した飲食物が原因でお客さまが健康被害を受け、店側が損害賠償責任を負った場合は、PL保険(生産物賠償責任保険)などで備えるのが一般的です。一方、店舗の設備不備でお客さまがケガをした場合は施設賠償責任保険の領域で、対象が異なります。「賠償」とひとくくりにせず、原因が飲食物なのか施設なのかで証券欄を分けて確認してください。賠償の全体像は「施設賠償責任保険とは?補償範囲と必要な業種・保険料の考え方」も参考になります。

実務上の落とし穴になりやすいのが、賠償保険は「店に法律上の賠償責任があること」を前提に動く点です。お客さまの体調不良が自店の飲食物に起因するという因果関係を店側が説明できなければ、保険での対応も進みにくくなります。保健所の調査、医師の診断書、症状の発生時期と喫食履歴の突き合わせ、仕入伝票、加熱・温度管理の記録といった証拠が、後から因果関係を裏づける材料になります。

「検食」の位置づけを正確に:提供した食品の一部を一定期間保存する検食は、厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」に定めがありますが、同マニュアルは「同一メニューを1回300食以上又は1日750食以上を提供する調理施設に適用する」とされています。一般の飲食店すべてに一律の保存義務が課されているわけではありません。ただし、事故後に原因食品を絞り込む材料としては有効なため、任意の運用として取り入れる選択肢はあります。

さらに、食中毒に伴う行政処分・営業停止による休業損失は、賠償とは別枠の確認が必要です。ここで見るのは「食中毒が対象事故の列に入っているか」と「入っていても支払日数の上限が別に置かれていないか」の2段構えです。たとえば東京海上日動「企業総合保険(休業補償条項)」の対象事故には、火災・落雷・破裂爆発、風災・雹災・雪災、給排水設備事故の水濡れ、水災、盗難といった財物損害を伴う事故に加えて、食中毒も対象事故として含まれます。ただし食中毒による休業は支払対象期間が30日間を限度とされ、財物事故とは別枠の上限が置かれる形です。つまり「食中毒だから出ない」のではなく、出るが30日で頭打ちになるのがこの条項の設計で、営業停止や客足の回復が30日を超えて長引く部分は自己負担として残ります。

食中毒・特定感染症による営業停止まで見込むなら、対象事故に含む補償を選んだうえで、日数の上限まで合わせて確認します。呼び名は各社で異なり、たとえば損保ジャパン「ビジネスマスター・プラス」の休業ユニットは、食中毒・感染症の発生などで営業を休止した場合の利益の減少と人件費・家賃などの固定費を対象としています。三井住友海上「ビジネスプロテクター」には休業損害補償のオプションがあり、建物の損害に加えて食中毒や特定感染症の発生などによる営業の休止・阻害で生じた損失を補償対象としています。同社の店舗休業保険も、保健所その他の行政機関による営業禁止・停止の処置による休業を対象に含みます。

証券でどこを見るか:「休業」「利益」「営業継続費用」といった補償項目の欄で、①対象となる事故の列に食中毒・特定感染症・行政処分が挙がっているか、②てん補期間(約定復旧期間)が何か月か、③食中毒だけ別の日数上限が置かれていないか、の3点です。東京海上日動の例のように①は満たしていても③で30日に絞られる組み合わせがあるため、①だけで判断せず、②③まで通して読むのが実務上の確認手順になります。自店で想定する営業停止期間が30日を超えるなら、その差が埋まる商品・特約かどうかがそのまま設計の分岐点です。

来客転倒・借家人賠償・店舗財物は証券欄が違う

「来客のケガはすべて施設賠償で出る」と考えがちですが、実際は原因や対象物によって動く証券欄が異なります。飲食店では、次の3つを分けて確認します。

  • 施設賠償責任保険(対第三者):床の段差や設備不備で来客が転倒しケガをし、店側が賠償責任を負った場合の対人・対物賠償。対象は「第三者への賠償」です。
  • 借家人賠償責任(対貸主):借りている店舗を火災・水濡れなどで損壊させ、貸主への原状回復・賠償が必要になった場合の備え。賃貸借契約で加入を求められることがあります。
  • 店舗財物(自社の財産):内装・厨房設備・什器・商品・屋外設備(看板等)など、自店の財産そのものの損害。火災保険・店舗総合保険の対象で、賠償とは別枠です。

同じ火災でも、「貸主への賠償」は借家人賠償、「自店の内装・設備の復旧」は店舗財物と、証券上の欄が分かれます。そのうえで、財物の金額設定には2つの分岐があります。

① 評価基準(再取得価額か時価額か)。再取得価額は「保険の対象と構造、質、用途、規模、型、能力等が同一の物を再築・再取得するために必要な額」、時価額は「再取得価額から使用による消耗、経過年数等に応じた減価額を差し引いた額」です(東京海上日動「企業総合保険(財産補償条項)」の説明)。時価額ベースでは古い厨房設備ほど支払額が復旧の実費から離れるため、同社も再取得価額による評価基準を選ぶことをすすめています。

② 支払方式(実損払方式か比例支払方式か)。実損払方式なら保険金額を限度に損害額から免責金額を引いた額が支払われます。一方、比例支払方式では、保険金額が保険価額の80%以上であれば実損払と同様に扱われますが、80%未満になると支払われる損害保険金が損害額を下回り、十分な復旧ができないことがあります(同社の商品概要による)。あいおいニッセイ同和損保も、保険金額が評価額を下回る一部保険では「損害の額どおりに保険金が支払われないことがあります」と説明しています。逆に評価額を超える超過保険では、保険金は評価額が限度になります。

つまり、金額を低く抑えれば保険料は下がりますが、事故時に自己負担が残る設計になり得ます。証券では「評価基準」「支払方式」「保険金額」「免責金額」の各欄と、屋外の看板・空調室外機が対象物件に含まれているかを、固定資産台帳・購入明細と突き合わせて確認してください。

火災後に残る固定費と再開費用をどう見るか|試算例

厨房火災が起きると、焼損した設備の修理見積、内装復旧、廃棄した冷蔵在庫、仮営業やデリバリー切替の費用、そして営業停止中も払い続ける家賃・人件費が同時に発生します。「物を直すお金」と「止まっている間の損失を埋めるお金」を分けるのが基本です。前者は火災保険(店舗総合保険)の財物補償、後者は休業補償・利益補償で、後者を付けていなければ対象外になることがあります。

休業補償の保険金は、「1日あたりの粗利益×休業日数」で計算するのが基本形です。東京海上日動「企業総合保険(休業補償条項)」では保険金額を1日あたりの粗利益を基準に設定し、支払対象期間(約定復旧期間)は1か月・3か月・6か月・12か月から選択します(前章のとおり、食中毒による休業には別枠の日数上限が置かれることがあります)。損保ジャパンの休業ユニットのように、「1日あたりの営業利益」と「1日あたりの対象経常費(人件費・家賃などの固定費)」を分けて積み上げる算式もあります。いずれも、止まっている間に稼げなくなる利益と、止まっていても出ていく固定費の合計を見ている点は共通です。

以下の数値はすべて仮置きの例示です。実際の保険金額・保険金は、商品の算式と自店の決算数値によって決まります。

【休業損失の試算例:仮の飲食店A】

  • 前提(仮):月商500万円/月の営業日30日/食材原価など変動費率35%/休業中も残る固定費 月180万円(家賃30万円+人件費130万円+リース・光熱基本料20万円)/火災から再開まで60日
  • 1日あたりの売上:500万円 ÷ 30日 = 約16.7万円
  • 1日あたりの変動費:16.7万円 × 35% = 約5.8万円
  • 1日あたりの粗利益:16.7万円 − 5.8万円 = 約10.8万円(内訳:固定費 6.0万円+営業利益 約4.8万円)
  • 60日休業した場合の損失:10.8万円 × 60日 = 約650万円

【てん補期間が足りないと、いくら残るか】同じ条件で、約定復旧期間を最短の「1か月」で契約していたとします。支払対象は30日分の約325万円にとどまり、残る30日分の約325万円は自己負担です。飲食店の復旧は、設備の発注から据付、内装工事、保健所への手続きまで工程が積み重なり、60日を超えることも珍しくありません。てん補期間は保険料に直結する項目ですが、「1か月で本当に再開できるか」を工事日程の目安と突き合わせてから選ぶ必要があります。なお、食中毒の日数上限は火災のてん補期間とは別枠の話です。食中毒で営業停止になった場合、休業が上限日数(前章の東京海上日動の例では30日)以内に収まればこの上限による自己負担は生じず、上限を超えたときにはじめて超過日数 × 1日あたりの粗利益(この仮の飲食店Aなら約10.8万円×超過日数)が自己負担として残ります。

【財物側の試算例:同じ飲食店A】

  • 再取得価額ベースの目安(仮):内装・造作 800万円+厨房設備 600万円+什器・備品 200万円+食材・酒類在庫 50万円 = 1,650万円
  • 保険金額を1,000万円で設定していた場合、全損時に650万円が自己負担として残ります。
  • さらにこの1,000万円は保険価額1,650万円の約61%で、比例支払方式の分岐点となる80%(=1,320万円)を下回ります。比例支払方式で契約していれば、全損に至らない部分損害でも支払額が損害額を下回る可能性があります。
  • 時価額ベースの評価だと、経年減価分が差し引かれるため、受け取れる額と復旧の実費の差はさらに開きます。

この2つの試算を並べると、「財物1,650万円・休業650万円」で合計2,300万円規模の資金需要が、1回の火災で同時に立ち上がる構図が見えます。金額そのものは自店の数値に置き換える必要がありますが、置き換えるべき変数は月商・変動費率・固定費・想定休業日数・再取得価額の5つだけです。詳しくは「休業損失を補償する保険とは?火災保険だけでは足りない理由」も参考になります。

従業員のケガは「政府労災」と「上乗せ・使用者賠償」に分ける

「人」の方向は、政府労災(労働者災害補償保険)で埋まる部分と、埋まらない部分に分けて考えます。飲食店で起きやすいのは、揚げ油や熱湯によるやけど、スライサー・包丁での切創、床の油による転倒、深夜帰宅時の通勤災害などです。

政府労災で出るもの。厚生労働省が示す労災保険給付の種類は、療養(補償)給付、休業(補償)給付、傷病(補償)年金、障害(補償)給付、遺族(補償)給付、葬祭料(葬祭)給付、介護(補償)給付、二次健康診断等給付です。この一覧に慰謝料に相当する給付は含まれていません。また休業(補償)給付は、休業し賃金を受けない日の第4日目以降から、休業1日につき給付基礎日額の60%が支給され、これに休業特別支給金20%がセットで支給されます(合計で給付基礎日額の80%相当)。業務災害の場合、休業初日から3日間は、労働基準法の規定に基づき事業主が休業補償を行う必要があります。

誰が対象か。労災保険は「原則として、常用、日雇、パート、アルバイト等、名称及び雇用形態にかかわらず、労働の対価として賃金を受けるすべての労働者が対象」です。つまり「うちはアルバイト中心だから労災は関係ない」は逆で、アルバイト・パートこそ対象です。一方で、株式会社の代表取締役・業務執行取締役・監査役は適用対象外で、中小事業主等は労災保険の特別加入制度による任意加入という位置づけになります。同居の親族も原則として労災保険法上の「労働者」には該当せず、就労実態によって判断が分かれます。対象から外れやすいのは、従業員ではなく経営者側だという点は押さえておいてください。

埋まらない部分。労働災害で事業主に安全配慮義務違反などがあり、法律上の損害賠償責任を負った場合、政府労災の給付だけでは埋まらない部分(慰謝料など)が請求の対象になり得ます。ここは労災上乗せの補償や、使用者賠償責任補償(三井住友海上「ビジネスプロテクター」ではこの名称のオプションがあります)で備える領域です。

証券でどこを見るか:「業務災害」「使用者賠償責任」の欄で、①補償対象者の範囲(パート・アルバイト・家族従業員・役員を含むか)、②支払限度額(1名あたり・1事故あたり)、③政府労災の認定を前提とするか、④通勤災害を含むか。勤務表と雇用形態一覧を横に置いて、実際に働いている人が全員入っているかを突き合わせるのが確実です。

予約・決済が止まったとき、何が費用として出ていくか

6種類目のサイバーは、飲食店では「情報漏えい」よりも先に「予約と決済が止まる」形で表れます。想定される事故例は次のとおりです。

  • 予約管理システムが停止し、当日以降の予約データを参照できず、来店したお客さまを受けられない。
  • キャッシュレス決済端末やPOSが使えず、現金のみの営業になって客数・客単価が落ちる。
  • 予約台帳の顧客情報(氏名・電話番号・来店履歴)が外部に流出し、告知と問い合わせ対応が必要になる。

日本損害保険協会の整理では、サイバー保険は一般に①事故対応費用、②損害賠償費用、③利益損害・営業継続費用の3つを補償します。①には事故原因調査費用、お客様対応費用(詫び状、コールセンター設置費用)、メディア対応等相談費用、法律相談、ECサイト再構築費用などが挙げられており、②は取引先や顧客からの請求への対応、③は逸失利益など事業停止に伴う収入減少です。なお、ランサムウェアの被害で支払った身代金は対象になりませんとも明示されています。

飲食店にとって重要なのは、この局面では店舗設備が無傷だという点です。建物・厨房設備が壊れていないため火災保険の財物補償は動かず、休業補償のほうも、対象事故が火災・水災などの財物事故や食中毒といった形で列挙されているため、システム停止がその列に挙がっていなければ動きません。予約・決済の停止で売上が落ちても、そこを埋める証券が1本もない状態になり得るということです。まずは自店が使っているPOS・予約・キャッシュレスのサービス名と契約内容を書き出し、停止時に事業者側の規約でどこまで手当てされるかを確認したうえで、その先を保険で見るかを決めてください。

事故別に「どの保険が動くか」を並べて確認する

下表は、飲食店で起きやすい事故ごとに、主に動く保険・見る損失・準備資料を並べたマトリクスです。同じ事故で複数の保険が同時に動く点に注目してください。

事故別に、主に動く保険と見る損失・準備資料を並べる
事故・トラブル主に動く保険見る損失準備資料
食中毒・異物混入PL/生産物賠償+休業補償来客への賠償+営業停止中の粗利益減少(休業側は日数上限に注意)衛生管理記録、仕入伝票、月次売上
火災・水災火災保険/店舗総合+休業補償+借家人賠償財物復旧+休業損失+貸主への賠償固定資産台帳、修理見積、賃貸借契約
来客の転倒・対物損壊施設賠償責任保険第三者への対人・対物賠償事故報告、事故写真、設備点検記録
従業員のケガ(労災)業務災害補償保険(労災上乗せ・使用者賠償)政府労災の上乗せ、賠償責任勤務表、雇用形態一覧、事故状況メモ
予約・決済システム停止サイバー保険停止・漏えいに伴う損害・復旧費用利用システム一覧、決済・予約の契約

ひとつの事故で複数の保険が動くため、「どれか1本入っていれば安心」とは言えません。事故別に、どの損失を自社で持ち、どの損失を保険で移すかを決めておくと、証券の過不足が見えます。

このマトリクスは、事故が起きたときにどの証券から損害を請求するかの見取り図にもなります。火災で財物・休業・借家人賠償が同時に動くケースでは、財物損害は固定資産台帳と修理見積、休業損失は月次売上、貸主への賠償は賃貸借契約と、それぞれ別の資料で別の相手に説明する構図です。この対応づけを事前にしておくと、事故直後の混乱の中でも請求の抜けを防ぎやすくなります。

よくある誤解|火災保険だけ・PLだけ・本部一括だけ

飲食店の保険では、次のような思い込みが対象外の見落としにつながります。いずれも実際の契約内容を見ると、そのとおりにはならないことがある、という趣旨です。

  • 火災保険に入っていれば食中毒も補償される:食中毒の賠償はPL(生産物賠償)の領域で、火災保険の財物補償とは別枠です。
  • 食中毒の休業損失は、対象事故に入ってさえいれば全期間が支払われる:対象事故に食中毒が含まれていても、東京海上日動「企業総合保険(休業補償条項)」のように支払対象期間を30日間限度とする別枠の上限が置かれることがあります。対象事故の列と日数上限をセットで確認してください。
  • アルバイトのケガは政府労災だけで十分:休業(補償)給付は第4日目以降・給付基礎日額の60%(+特別支給金20%)で、慰謝料に相当する給付もありません。上乗せと使用者賠償は別途の検討対象です。
  • 来客のケガはすべて施設賠償で支払われる:原因が飲食物ならPLの領域になるなど、原因で動く保険が変わります。
  • 本部一括の証券だけでよい:店舗ごとに売上・設備・賃貸条件が違うため、店舗別の保険金額と休業期間の確認が必要です。

これらに共通するのは、「保険に入っている」ことと「その損失が実際に支払われる」ことを同じものと考えてしまう点です。実際には、対象となる事故か、免責事由に当たらないか、支払限度額や日数の上限の範囲内か、契約に定められた通知や書類提出を果たしているか、といった条件を一つずつ満たして初めて支払いに至ります。事故を認識した時点での証拠保全と早めの事故連絡は、その後の交渉を大きく左右します。点検の進め方は「法人保険見直しチェックリスト」が参考になります。

開業時・複数店舗展開時に固有の論点

開業時に迷いやすいのは、保険金額をどこに置くかです。売上見込みから逆算しがちですが、事故で効いてくるのは「止まっても出ていくお金」と「元に戻すのに要るお金」です。前章の試算のとおり、内装・厨房設備の再取得費、廃棄する在庫、家賃・人件費・リース料といった固定費、再開までの想定期間を先に並べ、そこから財物と休業の保険金額を決めると過不足が見えます。開業直後は自己資金の余力が小さく、事故の一撃を吸収しにくい時期でもあるため、頻度は低くても損失が大きい火災・食中毒・休業を優先的に押さえる考え方が合理的です。

複数店舗は、一括契約か個別契約かを次の3点で判断します。

  • 店舗間で設備額と売上の差が大きいか。差が大きいほど、共通の保険金額は大型店で不足し、小型店で過剰になります。店舗別に「再取得価額の合計」と「1日あたりの粗利益」を並べ、最大店と最小店で何倍の開きがあるかを見てください。2倍を超える開きがあるなら、共通金額の見直し対象です。
  • 1店舗が止まったとき、他店で代替営業できるか。近接店で予約・仕込み・配送を振り替えられるなら、休業損失は売上減少の全額にはなりません。逆に、立地依存が強く代替できない業態は、店舗ごとにてん補期間を長めに見る必要があります。
  • 賃貸借契約の条件が店舗ごとに違うか。借家人賠償の要求額や加入の指定が物件ごとに異なると、共通条件の一括契約では契約違反や補償不足が生じます。物件ごとの要求水準を並べて、最も厳しい条件に合わせるか個別に切り出すかを決めます。

3点のうち1つでも「差が大きい/代替できない/条件が違う」に当てはまるなら、その部分だけ個別契約に切り出す設計が現実的です。逆にすべて横並びなら、一括契約の事務効率と条件統一の利点が上回ります。全体像の整理は「法人向け損害保険の種類一覧」が参考になります。

保険金額の判断に効く資料と、その資料が効く先

ここまでの論点を、必要な資料の側から一本のリストにまとめます。各行の右側は、その資料がどの保険のどの判断に効くかです。

  • 店舗賃貸借契約 → 借家人賠償の要否と要求額、火災保険で付保する対象(建物か内装・造作か)を決める
  • 現在加入している保険証券 → 対象事故・評価基準・支払方式・免責金額・支払限度額・てん補期間・食中毒の日数上限の重複と不足を洗い出す
  • 固定資産台帳・購入明細 → 内装・厨房設備・什器の再取得価額を積み上げ、財物の保険金額を決める
  • 直近12か月の月次売上・客数・粗利益率 → 1日あたりの粗利益を出し、休業補償の保険金額を決める
  • 家賃・人件費・リース料など休業中も残る固定費の一覧 → 休業補償で埋めるべき下限額と、必要なてん補期間を決める
  • 食材・酒類・備品の棚卸表と仕入先一覧 → 商品・在庫の保険金額を決め、食中毒時に原因食品をさかのぼる起点にする
  • 衛生管理記録・勤務表・雇用形態一覧・過去の事故/クレーム履歴 → PL(食中毒)の立証資料をそろえ、業務災害補償の対象者範囲を決める

これらをもとに、「どの損失を自社で持ち、どの損失を保険で移すか」を店舗財物・賠償・休業損失・人・サイバーの順に棚卸しします。ここまで見てきたように、飲食店の保険は「どの証券のどの欄に、いくらの金額で、どんな特約と免責・日数上限で入っているか」で結論が変わります。

一つもそろっていない段階でも、相談を始めるのに支障はありません。何から手をつけるか決まっていない状態から、お話をうかがいながら論点を一緒に整理していきます。当社の無料の保険策定支援では、証券と約款、自店の売上・設備・賃貸条件を保険代理店の視点で突き合わせ、ご相談のあとには①事故別に動く証券の対応表、②財物と休業それぞれの保険金額の根拠と過不足、③てん補期間や食中毒の日数上限が実際の復旧・営業停止期間に足りない場合に残る自己負担の見込み額、④次に手を入れる項目の優先順位を、数字と証券の欄名で示した形にしてお渡しします。気になる点からお気軽にご相談ください。

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よくある質問

飲食店に必要な保険は何種類ですか?

本記事では、火災保険(店舗総合)、PL/生産物賠償責任保険、施設賠償責任保険、休業補償/利益補償、業務災害補償保険、サイバー保険の6種類に分けて整理しています。これは「火災・賠償・休業・人」の4方向にサイバー(予約・決済の停止)を加えた分け方で、賠償だけがPLと施設賠償の2本に分かれるため6種類になります。6種類すべてに入ることが目的ではなく、自店に必要な補償を損失の出どころから判断することが大切です。

食中毒はPL保険と火災保険のどちらで備えますか?

提供した飲食物が原因でお客さまが健康被害を受け、店側が賠償責任を負った場合は、PL保険(生産物賠償責任保険)などで備えるのが一般的です。火災保険は建物・設備・什器などの財物損害が中心で、食中毒の賠償は対象外です。また、営業停止に伴う休業損失は賠償とは別に、休業補償の対象事故に食中毒・特定感染症・行政処分が含まれているか、含まれていても支払日数の上限が別に置かれていないかを確認する必要があります。

食中毒で営業停止になった場合、休業補償はどこまで支払われますか?

対象事故に食中毒が含まれているかどうかと、含まれていても日数の上限があるかどうかの2段階で決まります。たとえば東京海上日動「企業総合保険(休業補償条項)」では、火災・水災・盗難などの財物損害を伴う事故に加えて食中毒も対象事故に含まれますが、食中毒による休業は支払対象期間が30日間を限度とされます。火災について1か月・3か月・6か月・12か月からてん補期間を選んでいても、食中毒の営業停止が30日を超える部分は自己負担として残る設計です。証券では、①対象事故の列、②てん補期間、③食中毒の日数上限、の3点を通して確認してください。

火災保険だけで休業中の売上減少まで補償されますか?

火災保険(店舗総合保険)が建物・設備・什器などの財物損害だけを対象にしている場合、営業停止中の売上減少(粗利益の減少)や家賃・人件費などの固定費は対象外となることがあります。休業補償・利益補償の有無に加えて、てん補期間(約定復旧期間)が何か月か、粗利益をどう算定するかを証券で確認してください。月商500万円・変動費率35%の店で60日休業した場合、1日あたりの粗利益は約10.8万円、60日で約650万円という規模になります(いずれも仮置きの例示です)。

保険金は事故が起きれば自動的に支払われますか?

自動では支払われません。店側が、事故が起きた事実・損害の内容と金額・事故と損害の因果関係・発生時期・免責事由に当たらないことを説明し、書類で裏づける立場に立ちます。加えて、契約に定められた事故の通知を早めに行い、証拠を保全しておくことが円滑な請求につながります。同じ事故でも、証券の対象事故・免責・支払限度額や日数上限によって支払額は変わります。

開業時はどの保険金額を優先して決めればよいですか?

内装・厨房設備・什器の再取得価額、在庫、家賃・人件費などの固定費、再開までの想定期間の4つを先に置くと過不足が見えます。売上見込みだけでなく、営業が止まっても支払いが続く費用を並べることがポイントです。あわせて、財物の評価基準が再取得価額か時価額か、支払方式が実損払方式か比例支払方式かも、保険金額と同じ重みで確認してください。

複数店舗は本部一括の証券だけでよいですか?

①店舗間で設備額と売上の差が大きいか、②1店舗が止まったとき他店で代替営業できるか、③賃貸借契約で求められる借家人賠償の条件が店舗ごとに違うか、の3点で判断します。1つでも当てはまるなら、その部分だけ個別契約に切り出す設計が現実的です。すべて横並びであれば、一括契約の事務効率と条件統一の利点が上回ります。

来客の転倒と食中毒は同じ保険で備えられますか?

同じではありません。店舗の設備不備や管理上の問題で来客がケガをし賠償責任を負った場合は施設賠償責任保険の領域、提供した飲食物が原因の場合はPL(生産物賠償)の領域で、証券上の対象が異なります。原因が施設なのか飲食物なのかで動く保険が変わるため、分けて確認してください。

参考一次情報・公的資料

情報確認日:2026年9月4日

執筆:中村 祐太朗(那由他保険テクノロジーズ株式会社 Risk & Benefits事業 執行役員/損害保険・生命保険募集人)|編集:那由他保険テクノロジーズ株式会社 編集部|最終更新日:2026年9月4日

本記事は公開時点の一般的な情報提供を目的としており、特定の保険商品・金融商品の勧誘を目的としたものではありません。本文中の試算例はすべて仮置きの数値による例示です。補償の対象範囲・免責・支払可否は、商品・契約内容および引受保険会社の約款・判断によります。税務・社会保険・法務の取扱いは、税理士・社会保険労務士・弁護士等の専門家にご確認ください。