卸売・商社で起きるサイバー事故を、受発注・出荷の停止と取引先になりすました送金指示の2つに分け、取引先への賠償、自社の費用、自社の逸失利益と資金損害のどれがサイバー保険の対象になりやすいかを整理した図

2026年1月7日、化学品や合成樹脂を扱う商社でランサムウェア感染によるシステム障害が起き、受注・出荷業務に遅滞が生じました。同じ年の3月には流体制御機器の販売会社が受注・出荷を含む全業務を止め、4月に発生した医薬品卸の事故では、6月時点でも仮サーバー環境での業務運用が続いていました。

卸売・商社の事故は、消費者の個人情報が大量に漏れる形よりも、受発注と出荷が止まる形、そして取引先になりすましたメールで送金先を変えられる形で表に出ます。この記事では、2026年に公表された3件の事故と、海外子会社で最大約40億円の損失が見込まれると開示した事案を手がかりに、卸売・商社に固有の5つのサイバーリスクを整理し、サイバー保険で対象になりやすい損害と対象外になりやすい損害を一般論として解説します。

結論を先に言うと、保険が見るのは、取引先への賠償責任、自社の調査・対応費用、商品によっては受発注停止による喪失利益、そして任意で追加する資金損害の4つです。振り込んでしまったお金そのものは、追加の補償を付け、届出などの条件を満たした場合に限って検討の対象になります。売掛金の回収不能やだまし取られた商品は、預貯金ではないため対象外になりやすい損害です。

なお、本記事は特定の保険会社、保険商品、保険契約や特約の内容を説明するものではなく、一般的な考え方の整理です。個別の保険金請求の可否は、ご契約の約款と事実関係に基づいて保険会社が判断します。

Summaryこの記事のポイント

  • 2026年に公表された3件はいずれも受注・出荷に影響が出て、うち2件ではメールが使えず取引先との連絡が電話・FAXに戻った。
  • 出荷停止で自社に生じる喪失利益は、任意で追加する補償で対象にする商品がある。納入先への納期遅延の賠償と、自社の利益の減少は別の補償で見るため、どちらの損害かを分けて考える。
  • 取引先になりすましたメールで振り込んだお金は、任意で追加する預貯金の不正送金などを対象にする補償で、届出などの条件のもとで対象になり得る。売掛金の回収不能と物品の詐取は対象外になりやすい。
  • 取引先の正規アカウントの乗っ取り、社内の送金確認ルールの省略、自社になりすまされた取引先の誤送金は、商品や契約条件で扱いが分かれるため契約時に保険会社へ確認する。

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卸売・商社で実際に起きた事故

卸売・商社の事故は、取引先への個別連絡で済ませることが多く、ホームページで経過を公表する会社は限られます。その中で、2026年に自社サイトで経過を公表した3件を公表文の範囲で整理します。原因の巧拙や会社の対応への評価は行いません。

表1:卸売・商社で受注・出荷に影響が出た事故の公表事例(公表文ベース、2026年10月28日時点)
項目化学品商社の事例(2026年1月)流体制御機器販売会社の事例(2026年3月)医薬品卸の事例(2026年4月)
公表した会社興和江守株式会社(化学品、合成樹脂、繊維加工剤、電子材料、電子部品の商社)日本スウェージロックFST株式会社(流体システム製品の指定販売会社、スウェージロック・ジャパン)株式会社マルタケ(新潟市の医療用医薬品卸)
発生日と原因2026年1月7日にランサムウェア感染によるシステム障害が発生。社内業務に利用されている特定のサーバーで感染を確認。攻撃の詳細は被害拡大防止のため非公表2026年3月10日に社内ネットワークシステムの不具合が発生。3月12日の続報で、サーバーがランサムウェアによる攻撃を受けたことが原因と公表2026年4月27日に発生。攻撃者が不正に作成したアカウント情報を用いてサーバー内にアクセスしたことに起因すると公表
止まった業務受注・出荷業務に遅滞3月10日午後以降、受注、出荷および全ての業務を停止一部業務において通常対応が困難な状況が継続し、代替手段を講じながら医薬品等の安定供給に努めると第3報で説明
取引先との連絡メールが使用できず、各担当への電話またはFAXでの連絡を案内電話、電子メール、FAXがいずれもつながらない状態ランサムウェア対策本部の電話窓口を設置。同社をかたる不審な電話やメールに情報を提供しないよう案内
再開までの経過既存環境と切り離した新しいネットワーク環境と新しいPCを導入し、1月27日から業務とメールの送受信を順次再開。添付ファイルは専用環境のURLとパスワード別送に変更通信の安全性が確認できたとして3月17日から出荷業務を順次再開。注文と見積の受付は再開に向けて準備中と案内。メールは一部制限付きで利用バックアップデータをもとに復旧作業を進め、仮サーバー環境による業務運用を継続しながら本格的なシステム復旧作業を実施
情報漏えい外部への明確な情報漏えいを示す痕跡は確認されていないが、情報窃取の可能性を完全には否定できないとして調査を継続3月時点の公表文には記載なし取引先、株主、同社と関連会社の役員・社員の情報の一部について暗号化と持ち出しが確認され、リークサイトへの掲載を確認。4月29日に警察へ被害届を提出
再発防止短期・中期・長期のロードマップを公表。中期に重要システムの常時監視と多要素認証を含む認証強化を置く。4月27日の第4報で短期施策の完了を案内3月時点の公表文には記載なし外部専門機関による調査を継続しながら再発防止策の策定を進めると公表

3件に共通する点が3つあります。1つ目は、影響が「受注と出荷」に出たことです。化学品商社と販売会社では受注・出荷業務そのものが止まり、医薬品卸では代替手段で安定供給を続ける状態になりました。

卸売・商社のシステムは受注、在庫引当、出荷指示、請求がひとつながりになっていて、感染を広げないためにネットワークを遮断すると、出荷の指示も請求書の発行も出せなくなります。2つ目は、取引先との連絡手段が電話とFAXに戻ったことです。化学品商社と販売会社の2件ではメールが使えなくなり、医薬品卸は電話窓口を設けています。

3つ目は、取引先に向けた公表文を出し続ける必要があったことです。「いつ再開するのか」「うちの情報は漏れていないか」という問い合わせに、復旧と並行して答え続けることになります。医薬品卸の事例では、最終的に取引先の情報を含む一部の情報の持ち出しとリークサイトへの掲載が確認されており、受発注停止の事故が取引先情報の漏えい事故に変わっています。

もう1つ、形の違う事故があります。2019年9月6日、トヨタ紡織株式会社は、欧州子会社において悪意ある第三者による虚偽の指示に基づき資金を流出させる事態が発生したと適時開示しました。発生日は同年8月14日、損失見込額は9月5日時点で最大約40億円です。

同社は資金流出後まもなく指示が虚偽であることに気付き、現地の捜査機関に被害の申入れを行い、資金の保全・回収手続きを進めると説明しています。手口の詳細は捜査上の機密保持のため開示されていません。ここで見るべきは金額よりも「虚偽の指示に基づいて自社が送金した」という構造です。不正アクセスでお金を抜かれたのではなく、社内の手続きを経て送金し、送金後に虚偽と気付いています。

この構造は中小企業でも同じです。警察庁の資料では、2026年1月頃から、法人の経営者等になりすまして公開されているメールアドレス宛にメールを送り、業務を装って指定した口座に送金させる「ニセ社長詐欺」が発生しており、2026年1月から6月までに認知件数127件、被害額約38億8,000万円、既遂1件当たりの被害額は約3,100万円と報告されています(出典:警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」2026年9月)。

同じ資料で、2026年上半期のインターネットバンキングに係る不正送金は253件、被害総額約20億7,000万円で、なりすましによる送金被害額は、インターネットバンキングの不正送金の被害総額を上回る規模です。

卸売・商社に固有の5つのサイバーリスク

卸売・商社のサイバーリスクは、一般の会社と同じ情報漏えいに加えて、仕入先と納入先の間でモノとカネを動かす業態ならではの形があります。相談で挙がることが多い5つを、どこで起きるか、誰が損をするかで整理します。

  1. 取引先になりすました口座変更依頼と請求書。仕入先の経理担当を名乗るメールで「振込先の銀行を変更した」と連絡が来る、月末の請求書の訂正版と称して別口座が書かれた請求書が届く。海外取引では通貨や銀行が変わること自体が珍しくないため、見破りにくくなります。損をするのは送金した自社で、正規の仕入先への支払いは残ったままなので二重払いになります。
  2. 受発注・EDI・在庫・出荷システムの停止。ランサムウェアでサーバーが暗号化されると、受注入力、在庫引当、出荷指示、納品書・請求書の発行が止まります。損をするのは自社の売上と、納期を待つ納入先です。納入先が欠品で生産や販売を止めれば、その損害の請求が自社に向きます。
  3. 取引先情報の漏えい。卸売・商社が持つ情報は、消費者の個人情報より、取引先の与信情報、契約条件、仕入価格、口座情報、担当者の連絡先が中心です。これが漏れると、取引先から秘密保持義務違反として請求を受けるほか、漏れた担当者情報が次のなりすましメールの材料になります。
  4. 海外取引先側のメール侵害で自社がだまされる。相手のメールアカウントそのものが乗っ取られていると、正規のアドレスから、過去のやり取りを引用したメールで口座変更の連絡が届きます。送信元を見ても偽物と分からず、自社のシステムには何の侵害もありません。損をするのは送金した自社です。
  5. 自社になりすまされて取引先が被害を受ける。自社の担当者をかたるメールで納入先に別口座への振込を指示される、自社名義の架空の発注で商品を持ち去られる、という形です。損をするのは納入先や仕入先で、そこから自社に「管理が甘かった」という請求が来ます。

5つのうち、1と4と5は「お金が別の口座へ流れる」リスク、2は「モノとカネの流れが止まる」リスク、3は「情報が漏れる」リスクです。保険ではこの3つを別々の補償として扱うので、対象になるかどうかの結論も別々に出ます。

損害は3つに分かれる

卸売・商社の事故で最も多い相談は「出荷が止まった期間の損害は保険で戻るのか」と「振り込んでしまったお金は戻るのか」の2つです。答えるには、「損害」とひとくくりに呼んでいるものを、誰に生じた損害かで3つに分ける必要があります。

1. 相手への賠償

納入先が欠品で生産ラインを止めた、販売機会を失った、代替品を高値で調達した。これらは納入先に生じた損害で、納入先は基本契約の納期条項や債務不履行を根拠に自社へ賠償を求めます。取引先の与信情報や契約条件が漏れた場合も、取引先から秘密保持義務違反として請求を受ける形です。

自社になりすましたメールで納入先が偽口座に振り込んだ場合、納入先から「自社のメール管理に過失があった」として請求を受けることもあります。いずれも、自社が法律上の損害賠償責任を負う部分は、サイバー保険の賠償責任の補償で検討の対象になり得ます。

対象になるのは法律上の責任に基づく金額だけで、基本契約で定めた納期遅延の違約金や、契約で上乗せした責任は対象外になりやすい部分です。

2. 自社の費用

侵入経路の調査、暗号化された範囲の特定、取引先への通知と説明、問い合わせ窓口、弁護士への相談、漏えいした情報の監視。これらは事故が起きた会社自身の費用で、サイバー保険の費用補償の典型的な対象です。漏えいが疑われる段階でも対象になる商品が多く、漏えいが確認できなくても調査費用は対象になり得るのが一般的です。

表1の3件はいずれも外部専門機関を入れて調査しており、この費用は確実に発生します。保険会社の事前承認が必要な費目があるので、支出する前に連絡するのが原則です。

3. 自社の逸失利益と資金損害

ここが卸売・商社に特有の部分です。出荷が止まった期間の粗利の減少と、復旧までFAXと電話で受注を回すために増えた人件費や外注費は、自社の利益損害と営業継続費用です。基本の補償には含まれず、任意で追加する補償で対象にする商品があります。なりすましメールで振り込んでしまったお金は、資金損害です。

これも基本の補償ではなく、任意で追加する補償で、不正アクセスによる預貯金の不正送金と、取引先や自社役職員になりすましたメールで錯誤させられた送金を対象にする商品があります。一方、納入先が倒産して売掛金が回収できなくなった分や、架空の発注でだまし取られた商品の原価は、預貯金が送金されたわけではないため、預貯金の不正送金などを対象にする補償では対象外になりやすく、サイバー保険とは別の保険で見る領域です。

サイバー保険で対象になりやすいもの、なりにくいもの

5つのリスクについて、一般的なサイバー保険での扱いを整理します。商品によって条件が異なるため、個別の契約では約款と保険会社の確認が必要です。

表2:卸売・商社の5つのリスクとサイバー保険の対応(一般論)
リスク対象になり得るもの対象外になりやすいもの
1. 取引先になりすました口座変更依頼・請求書任意で追加する預貯金の不正送金などを対象にする補償で、取引先になりすましたメールで錯誤させられた送金を対象にする商品がある。警察と金融機関の両方への届出が条件で、対象は国内口座の預貯金。回収・補てんされた分は差し引く暗号資産、カード・電子マネー・コード決済の不正利用、脅迫による送金、従業員や契約関係者の犯罪、保険開始前に受信したメールに起因する被害。社内の送金規程に著しく違反した場合
2. 受発注・EDI・在庫・出荷システムの停止自社が所有・使用・管理するシステムやクラウドサービスの停止による喪失利益と営業継続費用を、任意で追加する補償で対象にする商品がある。一定時間以上の停止が条件で、補償期間に上限がある。納入先への法律上の賠償責任は賠償責任の補償納期遅延の違約金、業務のやり直しや追完の費用、値引きや対価の返還。インターネット回線や電力など自社の管理下にないインフラの障害。国外の営業の停止
3. 取引先情報の漏えい不正アクセスだけでなくメール誤送信やUSB紛失など原因を問わず、他人の情報の漏えいまたはそのおそれが対象事由になるのが一般的。取引先への賠償、調査、通知、問い合わせ窓口、法律相談の費用秘密保持契約で上乗せした責任、違約金、罰金・課徴金。被保険者でない取引先自身の損害
4. 海外取引先側のメール侵害で自社がだまされる預貯金の不正送金などを対象にする補償の枠組みで検討する領域。相手の正規アカウントが乗っ取られていた場合の扱いは商品や契約条件で分かれるため、契約時に保険会社へ確認する点海外子会社の損害(海外子会社は同じ契約の被保険者にできないのが一般的)、売掛金の回収不能
5. 自社になりすまされて取引先が被害を受ける取引先から自社への法律上の損害賠償請求は、自社のシステムや情報の管理に起因する場合に賠償責任の補償で検討する領域。扱いは商品や事実関係で分かれるため、契約時に保険会社へ確認する点取引先が被った送金被害そのものを好意で補てんする分。架空発注でだまし取られた商品の原価。取引先自身の調査・対応費用

1の資金損害は、卸売・商社で最も確認が必要な補償です。基本の補償には含まれず、任意で追加する形になり、付けられない業種もあります。社内の送金規程に著しく違反した場合は対象外とされるのが一般的ですが、担当者が確認ルールを1回省略した場合がこれに当たるかどうかは、商品や契約条件によって扱いが分かれるため、契約時に保険会社へ確認する点です。類型ごとの届出の順番や回収の流れは、別記事「不正送金・なりすましメールの被害はサイバー保険で戻るか」で整理しています。

2の利益損害は、卸売業や商社では付けられる商品が多い補償です。ただし、見ているのは自社の利益の減少であって、納入先に生じた損害ではありません。納入先の生産停止の損害は「相手への賠償」、自社の粗利の減少は「自社の逸失利益」で、別々の補償で見ます。一定時間以上の停止が条件になるため、数時間で復旧した障害は対象外になりやすい部分です。

通信販売を主な業態とする会社はこの補償を付けられない商品があるので、BtoBの通販サイトを主力にしている卸売業は、業態の申告を確認しておく必要があります。

3の情報漏えいは、多くのサイバー保険が基本の補償として最初に想定している事故です。卸売・商社で漏れるのは取引先の法人情報が中心ですが、担当者の氏名や連絡先は個人情報であり、与信情報や契約条件は秘密保持の対象です。同じ原因で多数の取引先から請求を受けた場合は、一連の請求として最初の請求時にまとめて扱われるのが一般的で、取引先の数だけ補償が増えるわけではありません。

保険より先に効く実務対策

3件の公表事例と警察庁の資料から読み取れる対策は、いずれも費用がほとんどかかりません。保険の引受時に申告するセキュリティ体制の内容にもなります。

  • 口座変更は、メールに書かれた番号ではなく登録済みの電話番号へ折り返して確認する。口座変更依頼や請求書の訂正版は、メールの返信で確認しても意味がありません。相手のアカウントが乗っ取られていれば、乗っ取った側が「本当です」と返します。取引先台帳に登録してある電話番号へ、別の担当者が電話をかけて確認する。これを金額にかかわらず送金の承認条件にします。警察庁の資料にあるニセ社長詐欺は、経営者をかたって至急の送金を求め、SNSグループでのやり取りに誘導する手口で、実在する社長名や会社名が使われるため気付きにくいとされています。
  • 受発注の手作業の手順を、システムが止まる前に紙で持っておく。化学品商社と販売会社の事例では、メールが使えない中で電話とFAXに切り替えています。取引先の連絡先一覧、直近の受注残と出荷予定、FAXでの受注書式、納期回答の文面を、システムの外に印刷またはオフラインで保管しておくと、復旧までの受注対応が止まりません。
  • VPNとリモートアクセスの多要素認証、使っていないアカウントの棚卸し。警察庁の資料では、ランサムウェアの侵入経路はVPN機器が約5割を占めます(出典:警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」2026年9月)。医薬品卸の事例では、攻撃者が不正に作成したアカウント情報でサーバーに入っています。退職者や元委託先のアカウント、テスト用に作ったまま残っているアカウントを定期的に消し、外部から社内に入る経路には多要素認証を必須にします。
  • 添付ファイルとメールの受け渡し方式を決める。化学品商社の事例では、復旧後に添付ファイルを専用環境にアップロードしてURLを案内し、パスワードを別送する方式へ変更しています。自社の送信ドメイン認証を設定し、取引先にも「当社からの口座変更はメールだけでは行わない」と事前に伝えておくと、自社になりすまされたときに取引先が気付きやすくなります。

顧客・取引先との契約で注意したい点

受発注停止の事故の後、納入先との間で問題になるのは「欠品で生じた損害を誰が持つか」です。基本契約にどう書いてあるかで、保険で見られる範囲が広くも狭くもなります。

賠償責任の補償が見るのは、法律上の損害賠償責任です。基本契約で、納期遅延1日あたり一定額の違約金を定める、自社に過失がなくても納入先の損害を補償する、損害額を実損にかかわらず一定額とする、といった条項を置くと、法律上の責任を超えて特別に約束した部分として保険の対象から外れやすくなります。大口の納入先の求めで受け入れた条項ほど、事故のときの自己負担が大きくなります。

口座変更の手続きは、契約または取引条件の中で決めておきます。「振込先の変更は書面と電話確認の両方をもって有効とする」と仕入先・納入先の双方と取り決めておけば、なりすましメールだけで変更に応じた側の落ち度が明確になり、事故後の責任の押し付け合いを減らせます。自社になりすまされて納入先が偽口座に振り込んだ場合に、自社がどこまで責任を負うかも、この取り決めがあるかどうかで変わります。

EDIや受発注プラットフォームを使っている場合は、その利用規約とベンダとの契約も確認の対象です。障害時の責任の上限、データの保管責任、事故時の通知義務が書かれています。

そして、事故が起きたら納入先に責任を認める前に保険会社へ連絡することです。保険会社の同意なく賠償責任を承認したり補償を約束したりすると、その分が保険金から差し引かれる場合があります。納入先には「原因と範囲を確認したうえで対応する」と伝えるにとどめ、保険会社への事故通知を先に済ませます。

卸売・商社がサイバー保険を検討するときに確認する点

日本損害保険協会の調査では、中小企業のサイバー保険加入率は全体で8.8%、卸売業・小売業では6.4%にとどまります(出典:日本損害保険協会「中小企業におけるリスク意識・対策実態調査2025」2025年12月)。ランサムウェアの被害報告では製造業に続いて卸売・小売業が上位に入っているにもかかわらず、加入率は平均を下回ります。検討時に確認しておきたい点を挙げます。

  • 預貯金の不正送金などを対象にする補償を付けるか。基本の補償には含まれないことが多く、任意で追加する形です。メールで受けた請求書に基づいて仕入先に支払っている、海外取引先への送金がある、経理が少人数で承認が1人に集中している、のどれかに当てはまるなら検討の対象です。国内口座の預貯金が対象で暗号資産は含まないこと、警察と金融機関への届出が条件になることを確認します。
  • 利益損害の補償を付けるか、付けられるか。出荷停止が何日続くと資金繰りに響くかを先に見積もります。一定時間以上の停止が条件で、補償期間に上限があります。通信販売を主な業態として申告する場合は付けられない商品があります。
  • 国内子会社と海外子会社の扱い。国内子会社を同じ契約に含める方法はありますが、海外子会社や取引先は同じ契約の被保険者にできないのが一般的です。海外子会社の送金被害は、現地で別に手当てする必要があります。
  • セキュリティ体制の申告。売上高、過去の事故歴、多要素認証やバックアップ、権限管理の状況は告知の対象です。申告と実態が違えば事故の際に問題になります。実務対策を先に整えてから申告するのが順番です。
  • 契約時に保険会社へ確認しておく3つの場面。取引先の正規アカウントが乗っ取られて正規のアドレスから口座変更が届いた場合、社内の送金確認ルールを担当者が省略して送金した場合、自社になりすまされて取引先が誤送金し自社に賠償請求が来た場合。商品や契約条件によって扱いが分かれるため、自社の送金フローを示したうえで個別に確認しておきます。

那由他保険テクノロジーズが卸売・商社のサイバーリスクでご支援できること

ここまでの整理は一般論です。実際には、自社の送金承認のフローがどの補償の条件に合うのか、納入先との基本契約の違約金条項や無過失の補償条項が保険の対象を狭めていないか、EDIやクラウドの構成でどこが「自社が使用・管理するシステム」に当たるのか、といった会社固有の論点で結論が変わります。

那由他保険テクノロジーズは、卸売・商社について、受発注から出荷・請求までのシステム構成、仕入先・納入先との送金と口座変更の手順、海外取引先と海外子会社の有無を起点にリスク構造を分析し、現在のご契約や検討中の商品の補償条件と突き合わせて、対象になる損害と対象外になる損害を切り分けます。

そのうえで、基本契約の納期条項と口座変更の取り決めを保険の約款に照らして点検し、資金損害と利益損害の追加の要否を出荷停止日数と送金額の実績から検討します。

相談の結果として得られるのは、「出荷が止まったとき、なりすましで送金してしまったとき、どの損害が保険で、どの損害が契約で、どの損害が自己負担か」を、送金フローと出荷の流れに沿って並べた一覧です。分かっていることと困っていることを起点に、必要な確認事項を一緒に整理しますので、まずはお問い合わせください。

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よくある質問

仕入先を名乗るメールの指示で別口座に振り込んでしまいました。サイバー保険で戻りますか?

基本の補償ではなく、預貯金の不正送金やなりすましメールによる送金被害を対象にする補償を任意で追加している場合に検討の対象になります。取引先になりすましたメールで錯誤させられた送金を対象にする商品があり、警察と金融機関の両方への届出、国内口座の預貯金であること、回収・補てんされた分を差し引くことが条件になるのが一般的です。

金融機関への組戻し依頼と警察への届出を先に行い、保険会社へ事故を通知します。相手の正規アカウントが乗っ取られていた場合や、社内の確認ルールを省略していた場合の扱いは商品や契約条件で分かれるため、契約時に確認しておく点です。

ランサムウェアで受発注が止まった期間の売上減少は対象になりますか?

自社が所有・使用・管理するシステムの停止による喪失利益と営業継続費用を、任意で追加する補償で対象にする商品があります。一定時間以上の停止が条件で、補償期間に上限があり、国内の営業が対象です。納入先に生じた損害は別で、自社が法律上の賠償責任を負う部分を賠償責任の補償で見ます。

取引先の与信情報や仕入価格が漏れました。何が保険の対象になりますか?

取引先から自社への法律上の損害賠償請求と、調査、通知、問い合わせ窓口、法律相談などの対応費用が対象になり得ます。漏えいの「おそれ」の段階の対応費用も対象になる商品が多く、原因が不正アクセスかメール誤送信かは問わないのが一般的です。秘密保持契約で上乗せした責任や違約金、罰金・課徴金は対象外になりやすい部分です。

自社の名前をかたったメールで、納入先が偽口座に振り込んでしまいました。自社の保険は使えますか?

納入先が被った送金被害そのものは納入先の損害で、自社の預貯金の不正送金などを対象にする補償では対象外になりやすい部分です。納入先から自社に「メールやドメインの管理に過失があった」として法律上の損害賠償請求があった場合は賠償責任の補償で検討する領域ですが、自社のメールアカウントが実際に乗っ取られていたのか、ドメインを似せただけだったのかで事実関係が変わり、商品や契約条件によって扱いが分かれます。契約時に保険会社へ確認しておく点の1つです。補てんを約束する前に保険会社へ連絡してください。

海外子会社や海外取引先の被害も同じ契約でカバーできますか?

国内子会社を同じ契約に含める方法はありますが、海外子会社や取引先は同じ契約の被保険者にできないのが一般的です。海外子会社で起きた送金被害は現地で別に備える必要があります。海外取引先になりすましたメールで国内の自社が送金した場合は、自社の資金損害として検討する領域で、警察と金融機関への届出や国内口座の預貯金であることといった条件は国内取引と同じです。

送金先が国外の場合は組戻しなど回収の手続きが国内より難しくなります。相手のアカウントが乗っ取られていた場合の扱いは商品や契約条件で分かれるため、契約時に具体的な取引の形を示して確認してください。

参考一次情報

本記事は、卸売・商社・輸出入業の担当者向けにサイバーリスクと保険の一般的な考え方を整理したもので、特定の保険会社、保険商品、保険契約、特約の内容を説明することを目的としたものではありません。記事中の「対象になり得る」「対象外になりやすい」といった記述は一般的な傾向を示すもので、実際に保険金が支払われるかどうかは、個々の保険契約の約款と事実関係に基づいて保険会社が判断します。ご契約内容の詳細や個別の事故については、ご契約の保険会社または取扱代理店にお問い合わせください。