不正送金やなりすましメールによる送金被害について、流出した資金・調査や対応の費用・取引先に生じた損害の3つに分け、今の保険で対象になるかを保険会社や代理店に確認するための7つの質問を整理した図

2026年4月24日、ある上場企業が、従業員のアカウントから自社の銀行預金口座の資金が外部の口座へ送金されていたと公表しました。従業員は悪意ある第三者からの虚偽の送金指示に従っており、被害対象額は最大約11億円。

その1か月前には別の上場企業が、ビジネスチャット上で役職員を装った指示に基づいて9,600万円を振り込み、組戻しの依頼と被害届の後も「回収は極めて困難」と公表しています。取引先や社長を名乗るメールで振り込ませる手口も、ネットバンキングを乗っ取る手口も、業種を選びません。

経理担当者が最初に突き当たるのは、「振り込んだお金は戻るのか」「保険は使えるのか」という問いです。先に結論を書くと、不正送金やなりすましメールによる送金被害は、サイバー保険などで対象にできる商品があります。ただし、基本の補償に含まれるのか、任意で追加する形なのか、届出や口座の種類などどんな条件が付くのかは、商品によって異なります。

だから事故の前に、契約中の保険会社または代理店に「この被害は対象になるか」を確認しておく。これがこの記事で一番伝えたいことです。公表された5件の事案と被害の3類型、届出と回収の順番を整理したうえで、保険会社や代理店にそのまま聞ける7つの質問を用意しました。

なお、本記事は特定の保険会社、保険商品、保険契約や特約の内容を説明するものではなく、一般的な考え方の整理です。個別の保険金請求の可否は、ご契約の約款と事実関係に基づいて保険会社が判断します。

Summaryこの記事のポイント

  • 不正送金・なりすましメールによる送金被害は、サイバー保険などで対象にできる商品がある。基本の補償に含まれるか任意で追加するか、どんな条件が付くかは商品で異なる。
  • だから事故の前に、契約中の保険会社または代理店に「この被害は対象になるか」を確認しておく。証券を見ても分からなければ、この記事の7つの質問をそのまま聞く。
  • 被害は、ネットバンキングへの不正アクセス、取引先なりすまし、社内役職員なりすましの3つに分かれる。気づいたら、組戻し依頼・警察への届出・保険会社か代理店への連絡を同じ日に動かす。
  • 口座変更依頼は登録済みの電話番号へ折り返す、一定額以上の振込は二重承認にする、送信ドメイン認証を入れる。費用のかからない対策が、契約時に告知する体制の中身にもなる。

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不正送金・なりすましメールで実際に起きた事故

送金被害は、情報漏えいと違って本人への通知義務がないため、公表されるのは上場企業の適時開示がほとんどです。その中から、発生から損失の確定までが公表文で追える4件を整理します。原因の巧拙や会社の対応への評価は行いません。

表1:不正送金・なりすましによる送金被害の公表事例(公表文ベース、2026年10月28日時点)
項目欧州子会社の事例(2019年9月公表)子会社パソコンの遠隔操作の事例(2025年12月公表)ビジネスチャットの事例(2026年3月公表)従業員への虚偽の指示の事例(2026年4月公表)
公表した会社トヨタ紡織株式会社(東証・名証第1部、当時)信和株式会社(東証スタンダード・名証プレミア)株式会社ZUU(東証グロース)株式会社はてな(東証グロース)
発生日2019年8月14日2025年11月29日2026年3月19日2026年4月20日・21日
手口(公表文の表現)欧州子会社で、悪意ある第三者による虚偽の指示に基づき資金を流出。捜査上の機密保持のため、手口の詳細は非開示子会社の業務用パソコンにウイルス感染を装う偽の警告画面が表示され、画面の連絡先に電話した利用者が、サポート窓口をかたる第三者の指示で遠隔操作ソフトをインストール。パソコンが遠隔操作され、ネットバンキングを通じて送金された会社が使うビジネスチャット上で役職員を装った第三者が送金指示を行い、従来のルール・プロセスに則りつつ、その指示に基づいて自社口座から外部口座へ振込が実行された従業員のアカウントから自社の銀行預金口座の資金が外部口座へ送金された。従業員は悪意ある第三者からの虚偽の送金指示に従っていた。特別調査委員会は、警察関係者を名乗る詐欺グループに捜査協力の一環と信じ込まされたと認定
金額損失見込額は最大約40億円(2019年9月5日時点)損失見込みは最大約2億5千万円。2026年3月期第3四半期に2億50百万円を「その他の費用」として計上9,600万円。2026年3月期に同額を特別損失として計上被害対象額は最大約11億円(4月24日時点)。調査報告書では不正送金の合計1,179,810,000円。調査費用等を加えた1,221百万円を特別損失として計上
気づき方と届出資金流出後まもなく指示が虚偽と気付き、弁護士等によるチームを組織して現地の捜査機関に被害を申入れ。資金の保全・回収手続き資金流出後まもなく指示が虚偽と確認し、警察への相談・被害の申入れと対策チームの組成。流出資金の保全・回収指示の真正性に疑義が生じて事実確認。直ちに金融機関に組戻しを依頼し、所轄警察署に相談して被害届を提出。公表時点で「回収は極めて困難」4月21日に取引先銀行から不審な送金の連絡。従業員が警察へ連絡し、会社も警察に相談、関係金融機関に事故を報告して被害回復に向けた措置
公表された再発防止策公表文に記載なし資金決済の管理プロセスの見直し、ネットバンキングのセキュリティ設定の強化、遠隔操作ソフトのインストール制限、サポート詐欺の手口を含む教育、子会社監査の強化Slackへの全社移行とSSO・2段階認証の必須化、複数名承認と初回振込先の事前確認、銀行口座の管理者権限の集中解消、高額振込時の電話・対面等による確認の必須化ワークフローによる多段階承認、振込の申請権限と承認権限を同一人物に付与しない、口座ごとの振込金額の上限を最小限に保ち入出金を自動通知、リモートデスクトップツールの制限、警察関係者へのなりすまし等の手口の研修

このほかTOA株式会社も、2025年7月に米国子会社で悪意ある第三者による虚偽の指示に基づき約60万米ドル(約9,000万円)の資金が流出したと公表しています。

5件に共通する点が3つあります。1つ目は、侵入がなくても起きることです。公表文で手口が分かる3件のうち、遠隔操作された1件を除く2件は、正規の権限を持つ自社の従業員が正規の振込手続きで送金しています。止まるとすれば「振り込む手前」の確認です。2つ目は、気づくのが送金の後だということです。

各社とも送金後まもなく虚偽と分かり組戻しや口座凍結に動いていますが、公表文で回収の見込みに触れた1社は「極めて困難」と書いています。3つ目は、回収できなかった分がそのまま損失として決算に載ることです。9,600万円、2億5,000万円、11億7,900万円。

被害は3つの類型に分かれる

ひとくちに不正送金と言っても、誰が送金の操作をしたかで3つに分かれます。止め方の違いであると同時に、保険会社や代理店に確認するときの聞き方の違いでもあります。

1. ネットバンキングへの不正アクセスによる不正送金

自社の誰も送金を指示していないのに、口座から資金が出ていく類型です。入口はフィッシングで盗まれたIDとパスワード、金融機関を名乗る電話から偽サイトへ誘導するボイスフィッシング、偽の警告画面から遠隔操作ソフトを入れさせるサポート詐欺、マルウェアです。

警察庁の集計では、2026年上半期のインターネットバンキングに係る不正送金は253件、被害総額は約20億7,000万円で、前年同期比51%減でした(出典:警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」2026年9月)。

一方で同資料は、2026年5月に企業への電話を起点に遠隔操作ソフトを入れさせ、端末を遠隔操作しながら偽サイトでIDとパスワードを盗んで送金する手口の被害が急増したと指摘しています。

2. 取引先になりすました請求書・口座変更依頼

実在する取引先の名前で「振込先口座が変わった」「今回の請求書はこちら」とメールが届き、自社は正規の支払手続きを踏んで、偽の口座に振り込む類型です。取引先のメールアカウントが乗っ取られて本物の商談の途中に請求書が差し込まれることもあれば、1文字違いのドメインから届くこともあります。

金額も支払期日も本物の取引と一致しているため、承認者も気づきにくい。IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、組織向けの10位にビジネスメール詐欺が入り、2018年版から9年連続の選出です(出典:IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」2026年1月)。送金先が海外口座になることが多く、組戻しは国内口座より難しくなります。卸売・商社での備えは、卸売・商社のサイバー保険の記事で別に整理しています。

3. 社長や役員になりすました送金指示

社長や役員の名前で「極秘の案件で至急振り込んでほしい」「他言しないように」といった指示がメールやチャット、SNSグループで届く類型です。いわゆるCEO詐欺で、警察庁は2026年1月頃から、経営者等になりすまして公開されている法人のメールアドレスへメールを送り、SNSグループを作らせて口座残高を回答させたうえで「事業資金が至急必要」と送金させる手口を「ニセ社長詐欺」として集計しています。

2026年1月から6月までの認知件数は127件、被害額は約38億8,000万円、既遂1件当たりの被害額は約3,100万円でした(出典:警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」2026年9月)。表1のビジネスチャットの事例がこれに当たります。

表1の最後の事例(警察関係者を名乗る詐欺グループに捜査協力と信じ込まされた)は、この3つのどれとも少し違います。正規の権限者が自ら送金する点では3つ目と止める場所が同じで、承認フローと電話一本の確認が最後の砦になります。

損害は3つに分かれる

保険会社や代理店に聞く前に、「被害額」と一括りにしているものを3つに分けておくと、質問も答えも具体的になります。

1. 流出した資金そのもの

自社の口座から出ていった預貯金です。回収の経路は、振込元の金融機関を通じた組戻し、振込先口座の凍結、凍結した口座に残高があれば被害回復分配金の手続き、そして捜査による差押えです。多くのサイバー保険は情報漏えいによる賠償責任と対応費用を中心に設計されており、流出した預貯金そのものを対象にするかどうかは商品で分かれます。

対象にする場合も、警察と金融機関の両方への届出、国内口座の預貯金であること、回収や補てんで戻った分の差し引きといった条件が付くのが一般的です。

2. 調査・回収・対応の費用

端末の遠隔操作やメールアカウントの乗っ取りを調べるフォレンジック調査、弁護士への相談、海外口座の回収手続き、取引先への説明。これらは事故が起きた会社自身の費用です。不正アクセスやアカウントの乗っ取りを伴う場合、取引先や顧客の情報が見られた「おそれ」が同時に生じます。

表1の遠隔操作の事例でも、ネットバンキングのIDとパスワードを記載したファイルへのアクセス痕跡が確認されたと公表されています。漏えいの有無を確かめる調査の費用は、多くのサイバー保険で基本の補償の対象になり得ます。送金被害で保険が最初に関わりやすいのはここです。

3. 取引先に生じた損害

自社のメールアカウントが乗っ取られ、自社になりすました請求書で取引先が偽の口座に振り込んでしまった場合、損害を受けたのは取引先です。取引先は支払ったつもりでも、自社から見れば売掛金は未回収のまま残ります。取引先が自社のメール管理の落ち度を主張して賠償を求める場面もあります。

自社の売掛金が回収できないこと自体は預貯金の流出ではないため対象外になりやすい一方、取引先からの法律上の賠償請求をどう扱うかは、商品や契約条件によって分かれます。

サイバー保険で対象になりやすいもの、なりにくいもの

一般論として言える範囲を要点だけ表にします。ここに書けるのは傾向までで、自社の契約でどうかは次の章の質問で保険会社や代理店に確かめます。

表2:不正送金・なりすましによる送金被害とサイバー保険の対応(一般論の要点)
損害対象になり得るもの対象外になりやすいもの
1. 流出した資金そのものネットバンキング等への不正アクセスやなりすましの指示による国内口座の預貯金の不正送金、取引先や自社役職員になりすましたメールで錯誤させられた送金を対象にする商品がある。警察と金融機関の両方への届出が条件で、回収・補てんされた分は差し引く暗号資産。クレジットカード、電子マネー、コード決済の不正利用。身代金の支払い。従業員や契約関係者自身の犯罪。脅迫による送金。社内の送金規程に著しく違反した場合。保険開始前に受信したメールに起因する被害。物品をだまし取られた損害。売掛金の回収不能
2. 調査・対応の費用不正アクセスやアカウント乗っ取りの原因調査、情報漏えいの有無の確認、法律相談、取引先への通知。漏えいの「おそれ」の段階でも対象になる商品が多い受取不足や過払いなど事務的な誤りの手直し。業務のやり直し
3. 取引先に生じた損害自社になりすまされて取引先が誤送金し、自社に法律上の賠償請求があった場合の扱いは、商品や契約条件によって分かれる取引先自身の損害そのもの(取引先は被保険者ではない)。契約で上乗せした責任、違約金

グループ会社がある場合、国内子会社は同じ契約に含める方法がある一方、海外子会社は同じ契約の被保険者にできないのが一般的です。登録済みカードへの課金は預貯金の流出とは別の整理で、広告代理店の記事で扱っています。

保険会社・代理店に確認しておきたい7つの質問

表2の「商品で分かれる」を自社の答えにするには、証券を手元に置いて、契約中の保険会社または代理店に聞くのが一番早い方法です。次の7つは、そのまま読み上げられる形にしてあります。答えは控えて、送金規程や事故時の手順書と一緒に保管しておきます。

1. 自社の口座から不正に送金された場合、今の契約で対象になりますか?

ネットバンキングの乗っ取りや端末の遠隔操作で、自社の誰も指示していないのに資金が出ていく被害です。基本の補償で見るのか、追加が必要なのか、業種によって対象にできないのかが、この一問で分かります。

2. 取引先や社長・役員になりすましたメールやチャットの指示で、担当者が誤って振り込んだ場合は対象になりますか?

侵入を伴わず、人が騙されて正規の手続きで送金する被害です。不正アクセスによる送金は対象でも、錯誤による送金は別扱いという商品があるため、分けて聞きます。あわせて、取引先の本物のメールアカウントが乗っ取られていた場合と、1文字違いの偽装ドメインから届いた場合とで扱いが変わるかを確認します。

3. それは基本の補償に含まれていますか。それとも任意で追加するものですか?

証券の見方が分からないときの質問です。追加が必要なら、追加できるか、どんな申告が要るか、追加できない業種に当たらないかまで聞きます。

4. 請求するとき、警察や金融機関への届出はどこまで必要ですか。組戻しの結果が出る前でも請求できますか。社内の送金ルールを担当者が省略していた場合、扱いは変わりますか?

請求の条件を事故の前に知っておくための質問です。警察と金融機関の両方への届出が条件になるのが一般的ですが、被害届の受理まで要るのか相談の受付で足りるのか、組戻しや口座凍結の結果を待つのか、回収できた分をどう差し引くのかは商品で分かれます。

社内の送金規程に著しく違反した場合は対象外になりやすいとされる一方、確認手順を1回省いたことがどこまで「著しい」に当たるかも商品や事実関係で分かれます。答えを聞いたうえで、規程を文書にし、承認の記録が残る運用にしておきます。

5. 自社になりすまされて取引先が偽の口座に振り込み、取引先から賠償を求められた場合は対象になりますか?

自社の口座からは資金が出ていない被害です。取引先に生じた損害を自社が賠償する場面を、賠償責任として見るかどうかは商品や契約条件で分かれます。

6. クレジットカードや電子マネーの不正利用、暗号資産、身代金の支払いは対象になりますか?

多くの商品で対象外になりやすいものを、自社の契約でも同じかを確かめるための質問です。登録済みのカードに勝手に課金される被害や、暗号資産で保有している資金は、預貯金の不正送金とは別の整理になるのが通常です。対象外なら、それを前提に決済手段の管理を見直します。

7. 経理を委託している税理士事務所・経理代行や、海外子会社が騙されて送金した場合は対象になりますか?

誰の口座から、誰の指示で、どこの国の口座へ出たかで扱いが変わる被害です。委託先が騙された場合は、委託の形態を伝えたうえで確認し、委託契約の責任分担と合わせて整理します。海外子会社は同じ契約の被保険者にできないのが一般的で、対象も国内口座の預貯金に限られやすいため、海外拠点がある会社は現地での手当てを含めて聞きます。

届出と回収の順番(組戻し・警察・金融機関・保険会社)

組戻しの依頼、警察への届出、保険会社または代理店への連絡は、どれかを待たずに同じ日に動かします。順番を表にします。

表3:不正送金・誤送金に気づいたあとの手続きの順番(一般的な整理)
時点やること残しておく記録
気づいた直後振込元の金融機関に電話し、組戻しを依頼する。不正アクセスが疑われる場合は、ネットバンキングの利用停止とパスワード変更、端末のネットワーク切断。振込先の金融機関にも口座の凍結を依頼する。海外送金なら、送金銀行を通じた支払停止の依頼。保険会社または代理店に第一報を入れ、以後の手続きで必要になる記録を確認する受付日時、担当者名、組戻しの受付番号。保険会社または代理店への連絡日時
当日中警察(サイバー犯罪相談窓口または所轄署)へ相談し、被害届の提出を進める。なりすましメールの原本(ヘッダー付き)、チャットの記録、振込の承認記録、通話の記録を保全する。遠隔操作が疑われる端末は初期化せず隔離する相談・届出の受理番号、担当部署
数日以内取引先なりすましの場合、本物の取引先に連絡し、未払いが残っている事実と支払いの扱いを協議する。原因調査の要否を決め、情報漏えいのおそれがあれば通知の範囲を検討する。社内規程と承認記録を照らし、どの手順をどう通過したかを時系列にまとめる取引先との協議記録、調査の見積と保険会社の事前承認
並行して組戻しの結果、凍結口座の残高、被害回復分配金の見込み、金融機関からの補てんの有無を確認し、回収額を確定する。残った損害について、届出の証明、送金記録、なりすましの証拠、社内規程と承認記録をそろえて保険会社の案内に沿って請求に進む回収額の内訳、損害額の計算根拠

組戻しは、振込先口座に資金が残っていて、受取人が返金に同意した場合にしか成立しません。詐欺口座では着金後すぐ引き出されるため、間に合わないことも多い手続きです。それでも最初に電話するのは、金融機関が口座の異常を把握し、凍結や捜査への情報提供につながる起点になるからです。保険会社または代理店への連絡を早くする理由は、調査費用の事前承認や、届出のどの記録を残すべきかを、その場で確認できるからです。

保険より先に効く実務対策

表1の3社が公表した再発防止策は、言葉は違っても中身が重なっています。大きな投資ではなく、経理の手順を1つ増やす種類のものです。契約時に告知するセキュリティ体制の中身にもなります。

  • 口座変更依頼は、届いたメールに返信せず、登録済みの電話番号へ折り返す。取引先マスタの口座を変える手続きを「書面の依頼+登録済み番号への電話確認+担当者2人の確認」と決め、メールだけでは変更できない運用にします。初回の振込先と金額の大きい振込は事前確認を必須にします。
  • 一定額以上の振込は二重承認にし、申請する人と承認する人を分ける。ネットバンキングの振込申請権限と承認権限を同一人物に持たせない。口座ごとに振込金額の上限を業務に必要な最小限に設定し、入出金の自動通知を複数人に届くようにする。一人の判断では送金が完結しない仕組みにします。
  • 送信ドメイン認証を整え、外部からのメールが分かる表示にする。SPF、DKIM、DMARCを設定し、DMARCのポリシーを段階的に厳しくすると、自社ドメインをかたったメールが取引先に届きにくくなります。「自社がなりすまされて取引先が誤送金する」側の対策です。受信側では、社外からのメールにその旨を自動表示し、自社に似たドメインを監視します。
  • ネットバンキングを使う端末を分け、遠隔操作ソフトを入れられない設定にする。電子証明書やハードウェアトークンを使い、振込用の端末ではウェブ閲覧やメールを開かない。遠隔操作ソフトのインストールを制限し、画面に表示された番号に電話しない、金融機関を名乗る電話でメールアドレスやワンタイムパスワードを答えない、という行動を教育に入れます。

取引先との契約・やり取りで注意したい点

送金被害の後に揉めるのは、取引先との間で「誰の損失か」が決まっていないときです。自社が偽の口座に払った場合、本物の取引先への支払いは済んでいない扱いになるのが通常で、二重払いを求められる可能性があります。逆の場合は、自社の売掛金が未回収のまま、取引先は「払った」と主張します。

どちらのメールが乗っ取られていたかで責任の所在が変わるため、調査の結果が出るまで安易に責任を認めないことが、取引先対応でも保険の面でも要点です。保険会社の了解を得ずに賠償を約束すると、その部分は保険金の計算で差し引かれることがあります。

事前にできるのは、基本契約や取引条件に口座変更の手続きを書いておくことです。「振込先の変更は、書面による通知と、あらかじめ登録した連絡先への電話確認をもって有効とする」と定めておけば、メールだけの変更依頼に応じないことが契約上の正当な対応になり、相手方にも同じ手順を求められます。

経理を税理士事務所や経理代行に委託している会社は、委託先が騙されて送金した場合の責任分担を委託契約で決め、前章の質問7と合わせて保険の扱いを確認しておきます。

サイバー保険を検討するときに押さえる点

日本損害保険協会の調査によれば、中小企業でサイバー保険に加入しているのは8.8%です(出典:日本損害保険協会「中小企業におけるリスク意識・対策実態調査2025」2025年12月)。加入していても、送金被害が自社の契約で対象になるかを把握していない例は少なくありません。押さえておきたいのは次の3点です。

  • 送金被害の扱いを最初に聞く。情報漏えいの補償内容だけで比べると、送金被害の扱いの違いが見えません。前章の7つの質問を、検討中の商品にも同じように投げます。
  • 告知する体制を先に整える。二重承認の有無、ネットバンキングの多要素認証、権限管理、過去の事故歴は告知事項です。申告と実態がずれていると、事故のときに告知義務の問題になります。先に体制を整え、それから申告します。
  • 業種と拠点の制約を確認する。金融業など送金被害を対象にできない業種があり、海外子会社は同じ契約の被保険者にできないのが一般的です。

那由他保険テクノロジーズが不正送金・なりすましメールのリスクでご支援できること

ここまでは一般論です。実際に知りたいのは、「今入っている保険で、この被害は対象になるのか」の一点だと思います。那由他保険テクノロジーズは、現在の証券と約款を拝見し、自社口座からの不正送金、なりすましメールによる誤送金、取引先に生じた損害、委託先や海外拠点の送金のそれぞれについて、現在の契約で対象になるか、どんな条件が付くかを、必要に応じて保険会社に照会したうえで整理します。

対象外や条件付きの部分があれば、任意で追加できる補償の有無、別の保険での手当て、契約や社内規程の見直しといった選択肢を並べてお示しします。

あわせて、経理の承認フローと送金規程を保険の条件に照らして点検し、「その日に誰がどこへ電話し、どの記録を残すか」を一枚にまとめます。他社で契約中の保険でも、証券があれば確認の対象になります。送金フローや契約内容が整理できていない段階でも、現状のままお聞かせいただければ、確認すべき事項から一緒に洗い出します。

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よくある質問

今入っているサイバー保険で、不正送金やなりすましメールの被害は対象になりますか?

商品によって異なります。基本の補償に含まれる商品、任意で追加して対象にする商品、業種によって対象にできない商品があり、対象になる場合も届出や口座の種類などの条件が付きます。証券を手元に置いて、契約中の保険会社または代理店に本記事の7つの質問を聞くのが確実です。

取引先を名乗るメールの指示で振り込んでしまいました。最初に何をすべきですか?

振込元の金融機関に電話して組戻しを依頼し、振込先の金融機関にも口座凍結を依頼します。同じ日のうちに警察へ相談して被害届の提出を進め、保険会社または代理店にも第一報を入れて、残すべき記録を確認します。メールの原本、承認記録、通話記録は消さずに保全します。届出の受理番号と日時が、後の保険請求の起点になります。

保険会社や代理店に確認するとき、何を用意すればよいですか?

保険証券と、送金に関わる業務の実態です。具体的には、ネットバンキングの利用口座と権限の持ち方、振込の承認フロー、口座変更依頼の受け方、経理の委託先の有無、海外子会社や海外口座の有無。これらを伝えたうえで7つの質問をすると、「商品で分かれる」が自社の答えになります。

社長を名乗るチャットの指示で、担当者が確認手順を省いて送金しました。扱いはどうなりますか?

自社の役職員になりすました指示による送金を対象にする商品はありますが、社内の送金規程に著しく違反した場合は対象外になりやすいとされています。確認手順を1回省いたことが「著しい違反」に当たるかは商品や事実関係によって分かれるため、事故のときは省略に至った経緯と承認記録をそのまま保険会社に示し、判断を仰ぎます。担当者自身が共謀していた場合は、従業員の犯罪として対象外になりやすい部分です。

自社のメールが乗っ取られ、取引先が偽の口座に振り込んでしまいました。自社の保険で何かできますか?

自社の口座から資金は出ていないため、預貯金の不正送金としては扱われにくい一方、メールアカウントの乗っ取りの原因調査や、取引先情報が見られた「おそれ」への対応費用は、多くのサイバー保険で対象になり得ます。取引先から法律上の賠償請求を受けた場合の扱いは商品や契約条件によって分かれるため、質問5として保険会社または代理店に確認しておきます。

参考一次情報

本記事は、不正送金・なりすましメールによる送金被害とサイバー保険の一般的な考え方を整理したもので、特定の保険会社、保険商品、保険契約、特約の内容を説明することを目的としたものではありません。記事中の「対象になり得る」「対象外になりやすい」といった記述は一般的な傾向を示すもので、実際に保険金が支払われるかどうかは、個々の保険契約の約款と事実関係に基づいて保険会社が判断します。ご契約内容の詳細や個別の事故については、ご契約の保険会社または取扱代理店にお問い合わせください。