
D&O保険(会社役員賠償責任保険)の選び方は、保険料の高低から入ると肝心な穴を見落とします。最初に確かめるのは、役員個人にどの請求が向かい、防御にかかる争訟費用をどこまで賄え、会社が役員を補う会社補償とどう組み合わさり、免責・遡及日・通知義務が証券でどう定められているかです。上場か非上場かという区分よりも、外部株主・社外役員・資金調達・労務リスクの有無が判断軸になります。また、保険金は契約さえあれば自動で下りるものではなく、請求が来たときに被保険者側が説明を積み上げて初めて支払審査が動きます。本記事は、補償対象、請求から支払までの実務、他の法人保険との違い、見積前に揃える資料までを、役員リスクの棚卸しに使える順番で整理します。
Summaryこの記事のポイント
- D&O保険は会社の損害ではなく、役員個人の責任リスクと防御費用を守る保険です。
- 会社法上の責任・会社補償・D&O保険契約を三層に分けて読むと、証券比較が速くなります。
- 選ぶ軸は保険料より先に、被保険者・対象請求・争訟費用・会社訴訟担保・免責・遡及日・通知義務の7点です。
- 保険金は自動では下りず、請求時に被保険者が事故該当・損害・因果関係・発生時期・免責非該当を説明して初めて審査が進みます。
- 非上場やスタートアップでも、社外役員・資金調達・労務管理が絡むと役員個人の防御費用が現実の論点になります。
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D&O保険は何を守る保険か
D&O保険は、取締役・監査役・執行役員などが職務上の行為に関連して損害賠償請求を受けたとき、損害賠償金や争訟費用を約款と契約条件の範囲で補う保険です。守る対象は会社の売上や資産そのものではなく、役員個人に向けられる法的責任と、その防御にかかる費用です。ここを取り違えると、証券を読んでも補償の境界がつかめません。会社の損害を広くカバーしてくれる保険だという理解のまま証券を選ぶと、いざ役員個人が矢面に立ったときに想定と食い違います。
出発点として、役員の責任には会社法上の根拠があります。役員等が任務を怠って会社に損害を与えたときの責任(会社法423条)、悪意または重大な過失があるときに第三者へ負う責任(同429条)、会社が役員等の費用や賠償を肩代わりする補償契約(同430条の2)、そして会社が保険料を負担して役員等を被保険者とする役員等賠償責任保険契約(同430条の3)が、それぞれ別の条文で定められています。D&O保険はこのうち最後の「保険契約」にあたり、責任そのものを消す制度ではありません。
つまり選定の第一歩は、「会社法上の責任」「会社補償」「D&O保険」を三層に分けて読むことです。責任の所在は法律で決まり、費用の肩代わりは補償契約で設計し、保険は最終的な資金手当てを担います。三つを混ぜると、会社補償で足りる範囲まで保険に求めたり、逆に保険を前提にして会社補償の社内手続を整えないまま就任案内を出したりといったズレが生じます。役員個人の目線では、会社が倒れたり利害が対立したりして会社補償が働かない局面で、自分の防御費用を誰が出すのかが最後の問いになります。
補償の構造も、役員個人を軸に三つに分かれます。会社補償が受けられない、あるいは会社に補償能力がない局面で役員個人へ直接支払う担保が土台にあり、そこに会社が役員へ補償した分を会社に填補する担保、会社自身が被告となる部分を扱う担保が重なります。役員個人の目線でいちばん効くのは最初の土台部分で、会社が倒れたり、会社と役員の利害が対立したりして会社補償が働かない場面でも、自分の防御費用が確保されるかどうかがここで決まります。証券によって、この三つのどこを厚くし、どこに条件を付けるかが変わるため、自社の役員構成に照らして重心を確かめます。
対象になり得る請求と費用
D&O保険が想定する請求は、訴える相手方によって性格が変わります。代表的な類型は次のとおりです。
- 株主代表訴訟:会社に損害を与えたとして、株主が役員個人の責任を追及する
- 会社からの責任追及(会社訴訟):会社自身が役員に損害賠償を求める
- 第三者からの請求:取引先・投資家・金融機関・従業員などが役員個人を訴える
- 雇用・労務に関する請求:ハラスメントや不当解雇をめぐり役員の管理責任が問われる
- 不祥事対応:社内調査や第三者委員会にかかる費用(特約・拡張補償で対象化する設計もあります)
- 争訟費用・弁護士費用:賠償額が確定する前の防御段階でかかる費用
次の表は、代表的なリスクと、証券で確かめるべき補償を対応させたものです。補償対象の思い込みを減らすために使います。
表1:請求の相手方ごとに、確認すべき補償を対応させた表
| リスク | 典型例 | 証券で確認する補償 |
|---|---|---|
| 株主代表訴訟 | 会社に損害を与えたとして株主が役員を訴える | 損害賠償金、争訟費用の担保範囲 |
| 第三者訴訟 | 取引先・投資家・金融機関・従業員が役員個人へ請求 | 第三者請求の対象範囲と限度額 |
| 雇用関連 | ハラスメント・不当解雇などで役員の管理責任が問われる | EPL特約との重複・すみ分け |
| 不祥事対応 | 社内調査・第三者委員会・危機管理 | 調査費用・危機管理費用の特約有無 |
この表を役員一覧と並べると、自社にどの請求が向かいやすいかを補償項目へ翻訳できます。
相手方によって性格が変わることは、守りの設計にも響きます。株主代表訴訟は会社を代表して株主が役員を追及する構図で、会社と役員の利害が一応そろいます。一方、会社そのものが役員を訴える会社訴訟や、経営陣どうしが対立する局面では、会社補償が働きにくく、役員個人が単独で防御費用を抱えることになりがちです。同じ「賠償責任」でも、誰と誰が対立しているのかで頼れる後ろ盾が変わる点は、証券を選ぶ前に押さえておきたいところです。
費用のなかでも、賠償金より先に効いてくるのが防御段階の争訟費用です。訴訟や調査が始まると、結論が出るずっと前から弁護士費用や対応費用が積み上がります。中小企業では、この初期費用が役員個人の家計に直撃することもあり、賠償金の担保額だけでなく、防御費用がいつからどこまで出るのかを先に確かめる意味は大きいところです。
もう一つ外せないのが「誰が補償されるか(被保険者の範囲)」です。役員個人の賠償・防御費用を補う個人補償に加え、会社が役員を補償した分を会社に補う会社補償、さらに会社自身が被告となる部分をどう扱うかで、証券の設計は分かれます。対象に元役員(退任役員)・社外取締役・監査役・子会社の役員が含まれるかは商品と契約で変わるため、自社の役員構成に合わせて一つずつ照合します。
請求が来てから保険金が支払われるまでに、被保険者が説明すること
D&O保険で見落とされやすいのは、契約していれば請求時に自動でお金が下りるわけではない、という点です。役員個人に賠償請求や調査が及んだとき、保険金の支払審査は被保険者側の説明から始まります。具体的には、その請求が約款の対象とする事故に当たること、実際に生じた損害と金額、役員の職務上の行為と損害との因果関係、行為や請求がいつ発生したのか、そして免責条項に該当しないことを、資料と経緯で示していきます。ここが弱いと、契約はあるのに支払段階で押し戻される、という食い違いが起きます。証券を比べるときは、担保の広さと同じ重さで、この説明のしやすさを見ておきたいところです。
とくにD&O保険の多くは、保険期間中に被保険者へ「なされた請求」を対象とする請求ベース(クレームズメイド)で設計されます。損害のもとになる行為をいつ行ったかではなく、請求がいつ届いたかで年度が決まる考え方です。このため、契約を切り替えた前後の空白、遡及日より前の行為、契約時点で既に知っていた事情は、担保の外に置かれやすくなります。過去に紛争の芽があった会社や、社外役員が途中で加わった会社ほど、この時間軸の確認が効いてきます。
通知義務の設計も結論を分けます。多くの証券は、現実の請求だけでなく「請求につながりうる事情」を知った時点での通知を認めています。事情通知を使える証券なら、その年度に芽を届けておくことで、翌年度に本格化した請求も当年度の契約で受け止めやすくなります。逆に、通知が遅れたり、保険会社の同意なく弁護士を選任して和解や費用支出を進めたりすると、その部分の填補が受けられないことがあります。誰に相談し、いつ何を届けるかを、証券の通知条項と社内の報告フローを突き合わせて決めておきます。
支払限度額の使われ方も見落とされます。争訟費用が支払限度額の内枠に含まれる設計だと、訴訟が長引くほど防御費用が先に限度額を削り、賠償金の段階で残る枠が細ります。会社と役員がともに被告になったり、対象請求と対象外請求が混在したりすると、保険で見る費用と自己負担分をどう按分するかの交渉も生じます。こうした条件は保険料の数字には表れにくく、証券と約款を読み解いて初めて見えてきます。数字の比較の前に、支払段階で何を説明でき、どこで枠が尽きるのかを設計しておくことが、実際に役員を守れるかどうかを決めます。
D&O保険が必要になりやすい会社
D&O保険は大企業だけの備えではありません。判断軸は会社の規模や上場区分ではなく、役員個人に請求が向かう構造があるかどうかです。次の項目に当てはまる数が多いほど、検討の優先度は上がります。
- 取締役・監査役・執行役員が複数在籍している
- 社外取締役・外部役員を招聘している、または招聘予定がある
- 株主が創業者だけではなく、VC・事業会社・従業員株主などが加わっている
- 資金調達・上場準備・M&Aを検討している
- 従業員数が増え、労務トラブルの入口が広がっている
- 取引先や顧客への影響が大きい事業を営んでいる
とくに労務は、非上場企業でも役員責任と結び付きやすい領域です。厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、総合労働相談件数は1,198,010件で、18年連続で100万件を超えています。数字そのものはD&Oの請求件数ではありませんが、役員の管理体制や説明責任が争点化する入口が身近にあることを示します。
同じ厚生労働省の同施行状況では、民事上の個別労働関係紛争のうち「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は55,614件(前年度比1.1%増)で、14年連続で最多となっています。職場管理の判断が役員個人の責任へどこまで及ぶかは事案ごとに変わりますが、社内体制を証拠で説明できる状態かどうかは、防御費用の見通しに直結します。日本損害保険協会「経営者・役員のリスク」でも、労務や職場管理をめぐって役員個人へ請求が向かった事例が紹介されており、会社の損失と役員個人の責任を分けて考える材料になります。
逆に、役員が実質的に創業者一人で、外部株主も社外役員もいない段階では、優先度が相対的に下がることもあります。ただし、資金調達や社外役員の招聘、事業拡大は多くの場合まとめて訪れます。証券の手当ては加入時点の会社の姿で審査されるため、紛争の芽が見えてから慌てて入るより、体制が変わる少し前に棚卸ししておくほうが、遡及日や既知事情の面でも有利に働きやすくなります。
非上場の中小企業でD&Oの必要性を測るときの具体像は、非上場企業のD&O保険(会社法429条の第三者責任)もあわせて確認すると整理しやすくなります。
選ぶときの7つの確認ポイント
D&O保険は、商品によって補償範囲や免責の書き方が変わります。保険料の比較に入る前に、次の7点を証券・約款・見積の順で突き合わせます。下の表は、証券のどこを見て、社内で何を用意するかを1枚に並べたものです。
表2:証券・見積を比べるための7つの確認軸
| 確認ポイント | 何を見るか | 社内で用意する資料 |
|---|---|---|
| 1. 被保険者の範囲 | 取締役・監査役・執行役員・元役員・社外役員・子会社役員のどこまで入るか | 役員一覧、職務分掌、登記事項証明書 |
| 2. 対象請求(訴訟類型) | 株主代表訴訟・第三者訴訟・行政調査などのどれを担保するか | 株主構成、過去の紛争・照会の履歴 |
| 3. 争訟費用 | 賠償確定前の弁護士費用・防御費用を、どの時点から出すか | 通知フロー、弁護士選任のルール |
| 4. 会社訴訟担保 | 会社から役員への請求(会社訴訟)をどこまで対象にするか | 取締役会議事録、社内承認ルール |
| 5. 免責条項 | 故意の不正・私的利得・犯罪行為など、対象外の線引き | 過去の事故・調査・処分の履歴 |
| 6. 遡及日・既知の事情 | いつ以降の行為を対象とし、契約前に知っていた事情をどう扱うか | 就任・退任時期、既知の紛争リスト |
| 7. 通知義務 | 請求や事情をいつまでに保険会社へ知らせるか | インシデント報告フロー、契約書 |
この7軸を証券ごとにそろえると、保険料の差が「補償の広さの差」なのか「免責の重さの差」なのかを切り分けられます。
被保険者の範囲(1)は、現任役員だけでなく、退任した元役員やこれから就任する予定者、子会社の役員まで含むかで守備範囲が変わります。役員が入れ替わる会社では、退任後に在任中の職務を問われたとき、退任時点で有効だった証券が届くのか、それとも請求時の証券で受けるのかを確かめます。争訟費用(3)は、賠償額が確定する前の防御段階でいくらから、どの時点で出るのかが焦点です。前述のとおり争訟費用が限度額の内枠か外枠かで、長期戦になったときの残り枠がまるで違ってきます。
会社訴訟担保(4)は、会社自身が役員を訴える構図をどこまで見るかという論点で、同族色の濃い会社や、経営権をめぐる対立が起きうる会社ほど効きます。免責(5)と遡及日・既知事情(6)は、結論を最も左右する組み合わせです。故意の不正や私的利得は多くの商品で免責に置かれますが、確定判決で不正が認定されるまでは防御費用を立て替え、認定後に返還を求める設計もあり、争いの初期に手元資金が回るかどうかで役員の負担は大きく変わります。通知義務(7)は、請求や事情をいつまでに、どの窓口へ届けるかを社内フローと結び付けて決めておかないと、条項どおりに動けず填補が細ります。故意不正が対象になるかという典型的な誤解は、後段のよくある質問でも取り上げます。
D&O保険と他の法人保険の違い
D&O保険は、ほかの賠償責任保険とは守る「損失の主体」が別物です。同じ「賠償」でも、誰の損害を、誰に代わって払うのかが変わります。次の表は、主要な法人賠償保険を損失主体で並べ、役割の重複と抜けを見つけるために使います。
表3:損失主体で見た、D&O保険と周辺保険の役割分担
| 保険 | 主に守る損失主体 | 典型的なリスク |
|---|---|---|
| D&O保険 | 役員個人の賠償責任と防御費用 | 株主代表訴訟、第三者訴訟 |
| 施設賠償責任保険 | 会社(施設管理・業務遂行) | 来客のケガ、設備管理ミス |
| PL保険 | 会社(製品・商品の欠陥) | 製品事故、食中毒 |
| 雇用慣行賠償責任保険(EPL) | 会社(人事・労務上の賠償) | ハラスメント、不当解雇 |
| サイバー保険 | 会社(情報資産・システム) | 情報漏えい、システム停止 |
| 専門業務賠償責任保険(E&O) | 会社・専門職(業務上の過誤) | 設計・助言・専門役務のミス |
この表を見ると、D&Oだけが「役員個人」を主体にしていて、ほかは会社を主体にしていることが分かります。だから役割は重なりにくい一方、抜けも生まれやすいので、賠償リスク全体を一枚で見て設計します。とくにEPLとの関係は誤解が多い領域です。ハラスメントや不当解雇の請求は、会社が被告になればEPLの領域、その管理を怠った役員個人が被告になればD&Oの領域、というように受け皿が分かれます。どちらか一方だけだと、同じ労務トラブルでも守られる主体に空白が残ります。
この重なりと抜けは、同じ出来事が複数の保険にまたがるときに表面化します。サイバー事故でも、情報資産やシステム復旧の損害は会社側の保険、監督責任を問われた役員個人への請求はD&O、と主体で切り分けて考えます。製品事故なら、被害そのものはPL保険、その体制整備を怠ったと役員が追及される部分はD&O、というように分岐します。賠償リスクを一枚の地図にして、会社を守る保険と役員個人を守る保険の境目を確かめておくと、重複支払いや無保険の区間を避けやすくなります。E&Oのように専門業務の過誤を扱う保険とも、被告が会社・専門職なのか役員個人なのかで守備範囲が分かれます。
中小企業・スタートアップで見落としやすい境界
ここで踏み込みたいのが、「損失が誰に発生したか」という主体の切り分けです。中小企業やスタートアップの現場では、次の四つが混ざったまま「賠償保険はある」と考えてしまいがちです。
- 会社自身の損失:事故・違約・製品不良などで会社が被る損害。D&Oの本来の対象ではなく、PL・施設賠償・利益保険などの領域です。
- 役員個人の責任:役員が会社や第三者へ賠償責任を負う部分。D&Oが正面から受けます。
- 第三者の損害:取引先・従業員・投資家などが被った損害。誰が被告かでD&OとEPL・PLに分かれます。
- 調査・危機管理費用:賠償が確定する前の、社内調査・第三者委員会・広報対応の費用。特約の有無で担保が大きく変わります。
この四つを分けずに扱うと、非対称な穴が生まれます。たとえば、会社と役員の利害が一致しているうちは会社補償で足りても、会社が資金難に陥ったり、会社自身が役員を訴えたりした瞬間に、役員個人の防御費用だけが宙に浮きます。株主が創業者だけの時期には見えにくかった株主代表訴訟のリスクも、VCや事業会社が入ると一気に現実味を帯びます。社外取締役の招聘、資金調達、M&Aの局面では、D&Oの有無そのものがガバナンス体制の一部として点検されることもあります。資金調達の前後で証券をどう確かめるかは、資金調達前に見直すスタートアップのD&O保険で具体的に整理しています。会社の損害まで広く補償されるという思い込みは、この主体の分離を曖昧にしたまま証券を読むことから生まれます。
この主体の切り分けは、証拠の残し方にも直結します。役員が善管注意義務を尽くしたことは、取締役会や稟議の記録、判断の前提とした資料、社外への相談履歴といった証拠で示していくもので、これらが薄いと、防御費用がかさむだけでなく、免責に当たらないことの説明も不利になります。日々の議事録や意思決定の記録は、ガバナンスの体裁のためだけでなく、いざ役員個人が矢面に立ったときの防御材料でもあります。証券を選ぶ段階から、どの記録をどう残すかを合わせて設計しておくと、請求が来たときの説明が滞りにくくなります。
見積前に整理する資料
D&O保険の見積は、会社の姿を示す資料がそろうほど、補償の境界を精密に設計できます。役員リスクの棚卸しは、次の資料を手元にそろえるところから始めます。
- 登記事項証明書・定款・役員一覧(現役員と元役員、就任・退任の時期)
- 株主名簿・資本政策表・投資契約書(表明保証や情報開示の条項を含む)
- 取締役会・株主総会の議事録(重要な経営判断の記録)
- 直近の決算書・事業計画・資金調達やM&Aの予定
- 過去のクレーム・紛争・労務相談・不祥事・行政照会の履歴
- 既存のD&O保険証券・約款・満期日、および他の賠償責任保険の証券
これらは、7つの確認ポイントの右列(社内で用意する資料)とそのまま対応します。資料が欠けたまま見積を取ると、被保険者の範囲や遡及日・既知事情の判断が後ろにずれ、契約後に「この請求は対象外だった」という食い違いが起きやすくなります。役員一覧・株主構成・過去紛争・既存証券を先に並べてから、補償の境界を一緒に引くのが近道です。
D&O保険の保険料は、役員数、事業内容、売上規模、株主構成、過去の紛争歴、設定する支払限度額や免責金額などの組み合わせで決まり、同じ会社でも証券設計次第で水準が動きます。ここで比べるべきは保険料の絶対額ではなく、想定する請求に対して防御費用と賠償金がどこまで実際に回るか、という単位あたりの手当てです。限度額を大きく見せた証券でも、争訟費用が内枠で、免責や既知事情の除外が広ければ、いざというときに手元へ届く金額は縮みます。逆に、限度額は控えめでも、防御費用の出方や被保険者の範囲、遡及日の設計がかみ合っていれば、役員個人にとっての実効性は高くなります。
こうした条件は、証券や約款の文言と、会社側の事実関係(役員構成・株主構成・過去紛争・既存の保険)を突き合わせて初めて評価できます。役員一覧、議事録、株主構成、過去の紛争、既存契約を見ないと補償の境界は引けないため、見積の数字を並べる前に、自社のリスクと現在の保険を棚卸しし、どこに穴が空いているかを一緒に確かめるところから始めるのが結局は近道です。
那由他保険テクノロジーズによるD&O保険証券の被保険者範囲・遡及日・争訟費用の比較支援
7つの確認ポイントと見積前の資料をそろえても、会社ごとに残る実務は三つに絞られます。第一に、元役員・社外取締役・監査役・子会社役員が既存証券の被保険者定義にどこまで含まれ、退任後に在任中の職務を問われたとき退任時点の証券と請求時点の証券のどちらで受けるのか。第二に、遡及日より前の行為と、契約時点で既に知っていた事情が、過去のクレーム・労務相談・行政照会の履歴と照らしてどう扱われるのか。第三に、争訟費用が支払限度額の内枠か外枠か、いつの時点から支払対象になるのかです。この三点は、証券・約款の文言と自社の事実関係を一項目ずつ突き合わせないと結論が出ません。
那由他保険テクノロジーズでは、D&O領域のリスク構造分析、補償ギャップ分析、保険プログラム設計と保険調達の支援を行っています。具体的には、次の2つを突き合わせます。会社側は、既存のD&O保険証券・約款・満期日、登記事項証明書、役員一覧(現役員・元役員と就任退任の時期)、株主名簿・資本政策表・投資契約書、取締役会および株主総会の議事録、過去の紛争・労務相談・行政照会の履歴です。証券側は、被保険者の定義条項、対象請求の類型、争訟費用の支払開始時点と内枠外枠の別、会社訴訟担保の範囲、免責条項、遡及日と既知事情条項、通知期限と通知先で、これらを証券ごとに同じ様式で比較します。あわせて、雇用慣行賠償責任保険(EPL)・PL保険・サイバー保険の既存証券と並べ、同じ労務トラブルや情報漏えいで会社が被告になる部分と役員個人が被告になる部分の受け皿が重複しているか、空白になっているかを整理します。
証券の文言だけでは確定しない項目は、引受保険会社および現在の窓口代理店への照会事項として文書に落とします。たとえば、退任役員の在任中の職務に対する担保の扱い、期中に増えた子会社役員の追加時期、事情通知として受け付けられる情報の範囲、会社と役員が同時に被告となった場合の費用按分の考え方です。社内側では、取締役会議事録と稟議記録を保持している管理部門・取締役会事務局、インシデント報告フローを運用する人事労務担当、弁護士選任の決裁権者を確認し、通知条項に書かれた期限どおりに動ける報告経路になっているかを点検します。なお、会社補償契約の内容や会社法上の責任の成否、個別の労務対応の適否は弁護士・社会保険労務士など専門家の判断領域であり、引受の可否・条件と保険金の支払可否は保険会社の約款と事実関係によって決まります。保険料の削減余地の分析や補償条件の適正化は、比較・設計・調達の支援として行うもので、結果を保証するものではありません。
この整理を経ると、複数の見積を保険料の絶対額ではなく、被保険者の範囲・争訟費用の出方・遡及日という同じ軸で並べ替えられます。削減候補として検討できる条件と、役員個人の防御費用に直結するため下げるべきでない条件を分けて判断でき、今期は現行証券を満期まで維持し、次回更改や資金調達の前に条件を組み替えるという選び方も比較対象に入ります。どの条項が自社の役員構成と噛み合っていないかは、お話をうかがいながら一緒に整理しますので、論点が固まっていない段階からでもお気軽にご相談ください。
あわせて読みたい:スタートアップが検討する保険の一覧、IPO準備期の福利厚生とガバナンス。役員リスクを、資金調達や制度設計の全体像の中に置いて確認できます。
よくある質問
中小企業やスタートアップにもD&O保険は要りますか?
必ず要るとは限りませんが、役員が複数いる会社、外部株主や社外役員が加わる会社、資金調達やM&Aを検討する会社では検討価値が高まります。上場か非上場かではなく、役員個人に請求が向かう構造があるかで判断します。
D&O保険は会社自身の損害も補償しますか?
基本は、役員が損害賠償請求を受けたときの賠償金や争訟費用を補う保険で、会社自身の損害を広く補うものではありません。会社が役員を補償した分を会社に補う会社補償や、会社が被告となる部分の扱いは、証券の設計で分かれます。
故意の不正や私的な利得もD&O保険で守られますか?
故意の不正行為や私的利益の取得は、多くの商品で免責に置かれます。ただし不正が確定するまで防御費用を立て替える設計もあるため、免責条項と費用の扱いを約款で確かめます。
社外取締役や監査役もD&O保険の対象になりますか?
社外取締役や監査役も職務上の判断について責任を追及されうるため、被保険者に含まれるかを確認します。外部人材を招く際、D&Oの有無は就任の安心材料になり、被保険者の範囲は証券で明記されているかを見ます。
D&O保険と雇用慣行賠償責任保険(EPL)はどう違いますか?
D&Oは役員個人の責任を中心に守り、EPLはハラスメントや不当解雇など会社の人事・労務上の賠償を守ります。同じ労務トラブルでも、被告が役員個人か会社かで受け皿が分かれるため、重複とすみ分けを証券で確かめます。
見積を取る前に、まず用意すべき資料は何ですか?
既存のD&O保険証券、役員一覧、株主名簿、投資契約書、過去の紛争履歴です。とくに被保険者の範囲・遡及日・通知義務は判断を左右するため、早めに手元にそろえます。
参考一次情報・公的資料
- e-Gov法令検索「会社法」
- 法務省「会社法の一部を改正する法律について」
- 日本損害保険協会「経営者・役員のリスク」
- 厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」
- 金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針」
- 金融庁「保険募集管理態勢」
情報確認日:2026年8月3日
執筆:中村 祐太朗(那由他保険テクノロジーズ株式会社 Risk & Benefits事業 執行役員/損害保険・生命保険募集人)|編集:那由他保険テクノロジーズ株式会社 編集部|最終更新日:2026年8月3日
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的とし、特定の保険商品の勧誘を目的としたものではありません。補償範囲・免責・保険金の支払可否は、引受保険会社の約款・契約条件・事実関係および会社法上の手続によって決まります。法務・税務・労務の判断は、弁護士・税理士・社会保険労務士など専門家にご確認ください。