
D&O保険の事故通知は、役員個人への損害賠償請求や、その原因となり得る社内調査・株主質問・行政調査などを認識した段階で、責任や損害額の確定を待たずに検討します。多くのD&O保険はいわゆるクレームメイド(請求ベース)で、「いつ請求や状況を知り、いつ通知したか」が支払可否を左右するためです。ただし何が通知対象の「請求」や「状況通知」に当たるか、通知期限が何日かは約款ごとに異なります。まずは自社の証券と通知条項を開き、事象の発生日と社内で認識した日を記録することが出発点になります。
Summaryこの記事のポイント
- 通知は責任や損害の確定を待たず、役員への請求や調査を認識した段階で検討する。
- 対象は損害賠償請求に限らず、社内調査・株主質問・行政調査が「状況通知」などに該当し得る。
- 保険法14条の通知義務と、D&O約款の「請求」「状況通知」「関連請求」は同義ではなく、両方の確認が要る。
- クレームメイドでは通知の遅れが「保険期間中の通知」という支払要件を満たさない事態につながり得る。
- 弁護士選任・和解・費用には事前承認が要る場合があり、通知と並行して確認する。
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通知対象となり得るのはどんな事象か
D&O保険の事故通知を検討すべき事象は、役員個人への損害賠償請求だけではありません。株主や第三者からの提訴・仮処分申立て、監督官庁の照会や行政調査、社内調査や第三者委員会の設置、株主総会での役員責任を問う質問なども、約款によっては「請求」または「状況通知」の対象になり得ます。逆に、報道やSNSでの疑惑指摘だけでは、単独では通知対象に当たらないこともあります。まずは事象を切り分け、証券のどの語に該当し得るかを一つずつ照合することが第一歩です。
切り分けの目安は次の表のとおりです。ただし通知の要否と期限は最終的に個別約款の定義語で決まるため、あくまで検討の入口として使ってください。
| 事象類型 | 通知検討の目安 | 確認する約款欄 |
|---|---|---|
| 役員個人宛の損害賠償請求(内容証明など) | 通知対象になりやすい | 「請求」の定義、通知期限 |
| 株主・第三者からの提訴・仮処分申立て | 通知対象になりやすい | 「請求」、争訟費用 |
| 監督官庁の照会・立入・行政調査 | 約款により対象/状況通知の可能性 | 「行政手続」「調査」の定義 |
| 社内調査・第三者委員会の設置 | 状況通知の対象になり得る | 「状況通知」条項 |
| 株主総会での役員責任を問う質問・書面 | 状況通知の検討 | 「状況通知」「請求のおそれ」 |
| 報道・SNSでの疑惑指摘のみ | 単独では対象外のことが多い | 「請求」に至る前段の扱い |
D&O保険そのものの補償範囲や基本的な仕組みを整理したい場合は、あわせてD&O保険とは何かを解説した記事を確認しておくと、通知条項の位置づけを把握しやすくなります。
保険法14条とD&O約款の通知義務はどう違うか
保険法14条は、保険契約者や被保険者が保険事故の発生を知ったときは、遅滞なく保険者へ通知しなければならないと定めています。一方、D&O約款が求める通知は、「請求」「不当行為」「状況通知」「関連請求」といった約款固有の定義語に沿って組み立てられており、両者は同義ではありません。保険法上の一般的な通知義務を満たしたつもりでも、約款上の通知条項を満たしていない場合があり得ます。
請求ベースと状況通知はどう違うか
多くのD&O保険はクレームメイド(請求ベース)で、保険期間中に被保険者に対してなされた「請求」を対象とします。ここでいう請求は、訴訟の提起だけでなく、書面による損害賠償の要求や一定の手続の開始を含むよう定義されていることがあります。これに対し「状況通知」は、まだ請求には至っていないものの、将来請求につながり得る事情(社内調査の開始や不正の兆候など)を保険期間中に通知しておく仕組みです。状況通知をしておくと、後日その事情から生じた請求を、通知した保険期間の請求として扱える約款があります。
関連請求・一連の請求は1事故として扱われるか
同一または関連する不当行為から生じた複数の請求を「一連の請求」として1つの請求とみなし、最初の請求がなされた時点を基準とする約款もあります。この扱いによって、適用される保険期間や支払限度額、免責金額の起点が変わります。複数の役員や複数の事象がからむ場合は、どれが1事故に束ねられるのかを約款の定義で確認する必要があります。
両者の違いは次の表で整理できます。条文の一般論と自社約款の定義語の両方を突き合わせることが、通知の要否判断では欠かせません。
| 比較項目 | 保険法14条の通知義務 | D&O約款の通知条項 |
|---|---|---|
| 対象 | 保険事故の発生 | 「請求」「不当行為」「状況」など約款定義語 |
| 目的 | 遅滞なく保険者へ通知する | 支払要件・クレームメイドの成立 |
| 期限 | 遅滞なく | 保険期間中/発見後○日以内など、条項ごと |
| 違反・欠如の効果 | 減額・免責の可能性 | 通知欠如で不担保となる場合がある |
保険法や会社法の条文そのものは、法令の一次情報で確認できます(本文末尾の参考に掲載)。
通知が遅れるとどうなるか
通知が遅れると、保険金の減額や、最悪の場合は不担保となるおそれがあります。保険法14条の通知義務に違反した場合、約款の定めによっては保険者が損害の増加分について支払を免れることがあります。さらにクレームメイドのD&O保険では、通知の遅れが「保険期間中の通知」という支払要件そのものを満たさない事態につながり得ます。
特に注意したいのは、状況通知の機会を逃すケースです。請求に至る前の事情を認識していたのに保険期間中に通知せず、次の保険年度に入ってから正式な請求が来た場合、どの保険期間で拾うかが争点になり得ます。責任の有無や損害額が固まっていなくても、認識した時点で通知条項と期限を確認しておくことが、こうした境界での不利を避ける手立てになります。
非上場企業でも、株主代表訴訟や取引先・金融機関からの請求は起こり得ます。非上場企業におけるD&Oの考え方は、非上場企業のD&O保険を扱った記事で整理しています。上場か非上場かにかかわらず、通知期限の管理は共通の課題です。
弁護士選任・和解・費用に事前承認は要るか
D&O保険では、弁護士の選任、争訟費用の支出、和解や示談、社内調査費用の負担などについて、保険会社の事前承認を求める条項が置かれていることがあります。事前承認を得ずに進めた費用や和解が、保険金支払の対象外になる、あるいは減額されるおそれがあるため、通知と並行して承認プロセスを確認することが重要です。
事前承認で確認する具体的な点
事前承認については、次の点を確認しておきます。
- どの費目に事前承認が要るか(弁護士報酬、鑑定費用、和解金など)
- 承認を求める相手と方法
- 緊急時に先行して支出できる範囲や暫定的な取り扱い
- 保険会社が推奨・指定する弁護士の有無
- 和解金額の上限や合意手続
これらは約款と特約で異なるため、事象の初動段階で照合しておくと、費用負担の食い違いを避けやすくなります。
事故発生時の初動全般の進め方は、法人保険の事故対応を扱った記事も参考になります。通知・弁護士選任・費用承認を並行して管理する視点が、後日の支払段階での認識のずれを減らします。
通知の前に保全する資料は何か
社内で事象を認識した時点から経緯と関係書類を保全しておくと、約款照合と初動判断が速く正確になります。時間の経過で散逸しやすいメールや議事録、受領文書は、早い段階でまとめておくことが有効です。
通知前にそろえておきたい主な資料は次のとおりです。
- D&O保険証券・約款一式
- 受領した請求・調査文書(内容証明、訴状、照会書など)と受領日
- 事象の発生日と社内で認識した日
- 対象となる役員名・役職・在任期間
- 関連する取締役会議事録、稟議、契約書
- 社内調査の指示書・報告書・関係メール
- 想定される争点と請求額(判明している範囲)
これらは、通知条項の該当性を判断する材料であると同時に、事前承認や費用精算でも使う資料です。保全の進め方は事故対応の初動と重なるため、前掲の法人保険の事故対応の考え方とあわせて、社内での役割分担を決めておくとよいでしょう。
通知すべきか迷ったときに確認する手順
通知すべきか迷ったときは、次の順序で確認すると判断を整理しやすくなります。迷う事象ほど、記録と条項の照合を先に済ませておくと、保険会社や代理店へ照会する際のやり取りが少なく済みます。
- 事象を特定する:何が起きたか、いつ発生し、いつ社内で認識したかを記録する。
- 該当条項を照合する:証券の「請求」「状況通知」「関連請求」「事前承認」の各欄に事象を当てはめる。
- 期限を確認する:保険期間中の通知か、発見後○日以内かなど、条項ごとの期限を押さえる。
- 専門家に相談する:判断がつかない境界は、保険会社・代理店・弁護士に確認する。
- 通知する:対象と判断したら、様式に沿って通知し、控えを残す。
- 事前承認と資料保全を進める:弁護士選任・費用・和解の承認を取り、関係資料を保全する。
自社に合うD&O保険の選び方や見直しの観点は、D&O保険の選び方を解説した記事で確認できます。契約時点で通知条項と事前承認の条件まで見ておくと、いざというときの初動が速くなります。
よくある質問
社内調査を始めただけでも通知すべきですか。
約款によっては、社内調査や第三者委員会の設置が「状況通知」の対象になり得ます。請求が来ていなくても、将来請求につながり得る事情として通知しておくと、後日の請求を通知した保険期間で拾える場合があります。自社証券の状況通知条項を確認してください。
内容証明を受け取ったらすぐ通知が必要ですか。
役員への損害賠償を求める内容証明は「請求」に当たりやすく、通知対象になりやすい類型です。多くの約款で受領後の通知期限が定められているため、受領日を記録し、通知条項の期限を早期に確認することをおすすめします。
行政調査や当局の照会は通知対象ですか。
約款により、行政手続や調査を対象に含めるものと含めないものがあります。「行政手続」「調査」の定義欄を確認し、対象外でも状況通知の可能性が残る場合があるため、境界は個別に照合してください。
通知が遅れたら必ず免責になりますか。
必ず免責になるとは限りませんが、減額や不担保のおそれがあります。保険法14条や約款の定めによって効果は異なるため、遅れに気づいた時点で速やかに保険会社へ確認し、経緯を記録しておくことが重要です。
弁護士は自分で選んでよいですか。
保険会社が推奨・指定する弁護士がいる約款や、選任・報酬に事前承認を要する約款があります。承認を得ずに進めた費用が対象外となるおそれがあるため、選任前に約款の事前承認条項を確認してください。
責任があるか分からない段階でも通知していいですか。
責任や損害の確定を待つ必要はありません。むしろ認識した時点で通知条項と期限を確認しておくほうが、期限徒過やクレームメイドの支払要件を満たさない事態を避けやすくなります。
複数の請求は1事故として扱われますか。
同一または関連する不当行為から生じた請求を「一連の請求」として1つとみなす約款があります。この場合、保険期間や支払限度額、免責金額の起点が変わるため、約款の関連請求の定義を確認してください。
那由他保険テクノロジーズによるD&O証券の通知条項・事前承認条件の照合支援
手順どおりに事象を切り分けても、社内だけでは詰めきれない論点が残ります。いま起きている事象(社内調査の開始、監督官庁の照会、役員宛内容証明の受領)が証券のどの定義語に当たるのか。通知期限が保険期間の切れ目・更新月・遡及日とどう噛み合うのか。弁護士選任や争訟費用の事前承認に、どの費目でどの手順が要るのか。いずれも答えは自社の証券と約款の条文にしかなく、条項名まで特定して読み解く作業が要ります。
那由他保険テクノロジーズは、D&O保険のリスク構造分析と補償ギャップ分析を担う立場から、御社のD&O証券・約款・特約・契約管理表と、記録された事象の事実関係を次のように並べて照合します。
- 約款の「請求」「不当行為」「状況通知」「関連請求」「行政手続」「調査」の定義文言と、事象の発生日・社内で認識した日・文書の受領日を突き合わせ、通知検討の対象になり得る事象と、現時点では対象外と読める事象を分けて示す。
- 通知期限の定め(保険期間中の通知か、発見後○日以内か)を、保険期間・更新月・遡及日・延長報告期間の条件と並べ、次回更改までに判断が必要な事象を時系列で整理する。
- 事前承認条項から、対象費目(弁護士報酬、鑑定費用、和解金など)、承認を求める相手と方法、緊急時に先行支出できる範囲、保険会社が推奨・指定する弁護士の有無を条項単位で抜き出す。
- 支払限度額・免責金額・被保険者の範囲(退任役員、子会社役員、会社補償部分)を、想定される争点と請求額に照らして確認し、次回更改で検討すべき補償条件の代替案を比較する。
この照合を経ると、御社の法務・総務・経営企画の誰が何を確認し、保険会社へどの条項について何を照会するかが、条項名と文書名で特定できます。事象の年表と受領文書の整理は社内で先に着手できますし、通知の要否を確認する段階で契約内容を急いで変更する必要もありません。通知そのものの要否や役員責任の法的評価は弁護士、最終的な支払可否は保険会社の判断であり、当社は照合と設計・調達の支援を行う立場です。証券・事象・期限のどれか一つでも突き合わせが済んでいない場合は、その段階からご相談ください。どの条項から確認すべきかを決めるところから、一緒に進められます。
通知の要否がまだ判断できていなくても構いません。まずは那由他保険テクノロジーズにお問い合わせください。
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情報確認日:2026年7月13日
執筆:中村 祐太朗(那由他保険テクノロジーズ株式会社 Risk & Benefits事業 執行役員/損害保険・生命保険募集人)|編集:那由他保険テクノロジーズ株式会社 編集部|最終更新日:2026年7月13日
本記事は一般的な情報提供であり、特定の保険商品の推奨や個別助言ではありません。補償・引受・保険料・保険金の支払は、商品・約款・契約条件および個別事情によって異なります。法務・税務・労務・会計にかかわる事項は、必要に応じて弁護士・税理士などの専門家にご確認ください。