製造業の保険プログラム見直し|事故損失は営業利益の何年分かで判断する

売上高が2桁億円に届き、設備投資も採用も次の段階に入った——。そんな成長局面の製造業にとって、保険は「万一のための出費」ではなく、次の一手を止めないための守りの投資です。この記事では、保険料の増減ではなく「事故損失は年間営業利益の何年分か」「手元資金で何か月耐えられるか」という経営の物差しで、自社の保険プログラムを整理する方法を具体的にご紹介します。

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売上が伸びた今こそ、保険を「守りの投資」として整える

成長している会社ほど、保険を見直す価値は大きくなります。守る対象が増え、止まったときに動く金額も大きくなっているからです。ここでは、なぜ今このタイミングなのかを3つの角度から整理します。

売上規模が大きくなるほど、一度の停止で動く金額も大きくなる

売上高10億円の頃と、30億円・50億円になった今とでは、工場が1か月止まったときに失う粗利益も、その間も出ていく固定費も、桁が変わります。設備が増えれば復旧費が増え、取引先が増えれば納期遅延の影響範囲が広がり、従業員が増えれば人件費という固定費が厚くなります。

つまり、売上が伸びるということは、守るべき金額が伸びるということです。保険の設計が5年前・10年前の売上規模のまま止まっていれば、成長したぶんだけ「守られていない部分」が増えている可能性があります。これは悪い話ではなく、事業が前に進んだ証拠です。だからこそ、今の規模に合わせて設計し直す価値があります。

コスト上昇と価格転嫁の時間差が、利益の余白を細くする

製造業が一律に低利益率だということはありません。高い収益性を実現している製造業は数多くあります。一方で、原材料・エネルギー・人件費・外注費・設備維持費といったコストを同時に抱え、価格改定の交渉と実際の反映までに時間差が生じやすい構造があるのも事実です。

中小企業庁「2026年版中小企業白書・小規模企業白書の概要」によれば、2025年9月時点の中小企業全体のコスト全般の価格転嫁率は53.5%とされています。これは中小企業全体の数値であり、製造業の営業利益率を示すものではありませんが、上がったコストがすぐ全額は販売価格に反映しきれていない企業が少なくない、という背景を示しています。

この時間差があるとき、営業利益の「余白」は思ったより薄くなります。売上規模は大きいのに、突発的な1,000万円・3,000万円の損失が年間の利益計画を大きく崩す——という構造が生まれるのです。逆にいえば、この余白の薄さを数字で把握しておけば、どの損失を保険で移すべきかがはっきり決まります。

保険料の増減ではなく、利益と資金への影響で判断する

金融庁「企業のリスクマネジメントの高度化に向けた検討会」の整理では、日本企業には損害保険を単なるコストと捉えて保険料削減を重視する傾向、事後対応に偏る傾向、経営陣の関与が弱い傾向といった課題があるとされています。同検討会は、その解決の方向として全社的リスク評価に基づく保険プログラムの再構築、予防・被害軽減策、BCP/BCM、TCoR(リスクの総保有コスト)の活用を挙げています。

これは大企業だけの話ではありません。売上高2桁億円の製造業でも、判断軸を「前年より保険料が上がったか下がったか」から「この事故が起きたとき、利益と資金はどうなるか」へ切り替えるだけで、見直しの精度は大きく変わります。

本記事は、その切り替えを今日から実行できる形に落とし込んだものです。

事故損失を「年間営業利益の何年分か」に置き換える

損失額を「3,000万円」と聞いても、経営判断にはつながりにくいものです。しかし「年間営業利益の1.5年分」と言い換えた瞬間、判断できるようになります。ここでは、その換算のやり方を順に見ていきます。

まず確認する5つの数字:売上高・営業利益・粗利益・固定費・手元流動性

用意するのは、直近12か月分の次の5つだけです。細かい精度は後で詰められるので、まずは概数で構いません。

  • 売上高:規模感の基準になります。
  • 営業利益:損失を「何年分」に換算するための分母です。
  • 粗利益(売上総利益):操業が止まった期間に失う利益の目安になります。月次の粗利益がわかると、停止1か月あたりの損失が見えます。
  • 固定費:人件費、賃借料、リース料、減価償却費など、操業が止まっても出ていく費用です。停止中に「稼げないのに出ていく金額」を示します。
  • 手元流動性:現預金に、すぐ引き出せる当座貸越枠やコミットメントライン等を加えた金額です。事故発生から保険金の受け取りまでの資金繰りを支える体力になります。

この5つが揃えば、以降の試算はすべて電卓でできます。

営業利益率3%のモデル計算:1,000万円の損失は約3.3億円の売上に相当

仮に営業利益率3%の会社を想定します。この会社が1,000万円の追加損失を、通常の営業活動の利益で取り戻そうとすると、必要な追加売上は次のようになります。

1,000万円 ÷ 3% = 約3億3,300万円
自社の営業利益率に置き換えて使えるモデル計算です。

1,000万円の損失を埋めるには、営業利益率3%なら約3.3億円の売上が必要です。自社の営業利益率を式に入れると、トラブルが次の成長投資へ与える影響を具体的に共有できます。

営業利益率が5%なら1,000万円の損失に対して2億円、10%なら1億円の追加売上が必要という計算になります。利益率が高い会社ほど吸収力があり、薄い会社ほど1件の事故の重みが増す、という関係が数字で見えます。

自社の営業利益率に置き換えて計算する手順

手順は3ステップです。

  1. 自社の営業利益率を出す:営業利益 ÷ 売上高。直近期の実績で構いません。
  2. 想定損失額を利益率で割る:たとえば損失3,000万円、営業利益率4%なら、3,000万円 ÷ 4% = 7億5,000万円。これが「利益で取り戻すために必要な追加売上」です。
  3. 年間営業利益で割り直す:損失額 ÷ 年間営業利益。年間営業利益が8,000万円で損失が3,000万円なら約0.4年分。損失が1億6,000万円なら約2年分です。

この「何年分か」が、経営会議で議論するための共通言語になります。0.5年分以内なら自社で吸収を検討する余地があり、1年分を超えるなら移転を優先的に検討する——といった社内基準を持てるようになるのが、この計算の最大の効用です。基準の水準は、自社の財務体力と成長計画に合わせて決めていきます。

「手元資金で何か月耐えられるか」でもう一度並べ替える

営業利益の何年分か、という物差しだけでは足りません。事故の直後に効いてくるのは、利益ではなく資金だからです。

復旧費用の支払い、代替生産の外注費、緊急輸送費は事故直後から発生します。一方で保険金の受け取りには、事故調査や損害額の確定に一定の時間がかかります。この間、固定費は出続けます。

そこで、次の計算を追加します。

手元流動性 ÷(月間固定費 + 事故時に追加で出ていく月次費用)= 耐えられる月数

復旧に4か月かかると見込まれるのに、資金が2か月分しか持たない——という結果が出たら、そのシナリオは補償金額の多寡以前に、資金繰りの設計そのものを見直す対象です。保険金の支払時期、内払・前払の可否、金融機関の枠の確保、といった論点が同時に必要になります。

「年間営業利益の何年分か」で優先順位を付け、「手元資金で何か月耐えられるか」で緊急度を並べ替える。この二重の物差しが、成長を止めない保険設計の土台です。

次の成長を止めないために洗い出す6つの事故シナリオ

すべてのリスクを洗い出す必要はありません。経営を揺るがす可能性のあるものを5〜10件挙げれば、実務上は十分です。製造業でまず検討したい代表的な6つを見ていきます。

工場火災・水災・機械損傷:復旧費と操業停止中の固定費

最も想像しやすいシナリオですが、損失の内訳は意外と複雑です。

  • 復旧費:建物、生産設備、金型、在庫、付帯設備の再取得・修理費用
  • 利益減少:操業停止期間中に得られなかった粗利益
  • 継続費用:停止中も発生する人件費、賃借料、リース料
  • 増加費用:外注生産費、代替設備のレンタル、緊急輸送費、仮設事務所費

日本損害保険協会「中小企業におけるリスク意識・対策実態調査2025」では、企業向け損害保険のうち火災保険の加入率は全体で58.6%、製造業では67.5%と最も高い結果が示されています。一方で同調査では、被害経験者の54.5%が「備えが不足していた」、51.1%が「被害額が想定以上だった」と回答しています。

火災保険に加入していることと、上記4項目すべてがカバーされていることは別の問題です。特に「利益減少」と「継続費用」は、財物の補償とは別建ての契約になっていることが一般的です。詳細は関連記事をご覧ください。

主要仕入先・電力・通信の停止:自社に原因がない停止への備え

自社の工場は無事でも、主要仕入先が被災すれば材料が入らず、生産は止まります。電力供給や通信回線の障害でも同じことが起こります。

この「自社の敷地内で事故が起きていない停止」は、契約によって扱いが分かれる領域です。財物保険は自社の物的損害を起点とするため、構外での事故に起因する事業中断が対象になるかは、拡張補償の付帯や特約の有無で決まります。

確認したいポイントは、仕入先別の購買額集中度、代替調達の可否と所要期間、在庫日数です。依存度が高く、代替調達に時間がかかる仕入先は、優先してシナリオ表に載せます。

製品不良・顧客ライン停止:対人対物、純粋経済損失、回収費用の違い

製造業の賠償リスクは、内訳を分けて考えると設計しやすくなります。

  • 対人・対物賠償:製品によって他人がケガをした、他人の財物が壊れた場合。一般的なPL保険(生産物賠償責任保険)の中心的な領域です。
  • 純粋経済損失:身体障害や財物損壊を伴わずに、顧客の生産ラインが止まったことによる逸失利益などの経済的損害。三井住友インシュアランス&フィナンシャルサービスの説明でも、PL保険等では補償されない身体障害・財物損壊を伴わない純粋経済損害についてはE&O保険での検討が示されています。補償内容は保険会社・商品・契約条件により異なります。
  • リコール費用:市場に出た製品の回収、告知、選別、廃棄にかかる費用。
  • 自社製品の修理・交換費:不良品そのものの作り直し費用。多くの賠償責任保険では対象外とされる領域です。

顧客の完成品や生産ラインへ影響が波及する製品を扱っている場合、この4分類のどこまでが現在の契約でカバーされているかを確認する価値は高いといえます。

工場サイバー・OT停止:情報漏えいではなく操業停止として見る

経済産業省は、工場のIoT化等に伴うサイバー攻撃リスクと、取引先まで被害が波及するサプライチェーンリスクを指摘し、中小規模の製造事業者向けの工場セキュリティ解説書を公表しています。

製造業のサイバー事故で経営に効くのは、情報漏えいの見舞費用よりも生産ラインの停止です。制御系(OT)が止まれば、火災と同じように操業が止まり、納期が遅れ、取引先に影響が及びます。

したがって、このシナリオは「情報セキュリティの問題」ではなく「操業停止の問題」として、火災と同じ表の行に並べるのが実務的です。確認すべきは、サイバー保険・財物保険・利益保険・賠償責任保険それぞれの支払のトリガー(何が起きたら支払われるか)と除外の関係です。サイバー事故を原因とする事業中断が、どの契約で拾われるのかを整理します。

労災・重大事故:政府労災の上乗せと使用者賠償の範囲

製造現場での重大事故は、治療・補償に加えて、操業停止、行政対応、再発防止投資、採用への影響まで波及します。

整理の軸は3つです。

  • 政府労災:法定給付。ここが基礎になります。
  • 上乗せ補償:政府労災に上乗せして支払う災害補償。就業規則や労働協約で定めた補償額を裏付けます。
  • 使用者賠償責任:安全配慮義務違反等を理由に、企業が損害賠償責任を負う場合の備え。判決による賠償額は上乗せ補償の水準を超えることがあります。

あわせて、役員、出向者、派遣スタッフ、協力会社の作業員が補償対象に含まれるかを確認します。構内で働く人の構成は、成長に伴って変わっていることが多い部分です。

輸出・海外契約:補償地域、裁判管轄、追加被保険者

海外展開は成長のエンジンですが、保険設計の前提は国内取引と異なります。確認するのは次の4点です。

  • 補償地域と裁判管轄:どの国での事故・訴訟までが対象か。特に北米を含む海外取引は、契約の対象地域を確認します。
  • 輸出売上の申告:保険料算出の基礎に輸出分が正しく反映されているか。
  • 追加被保険者(Additional Insured)の指定:海外の取引先から求められることがあります。
  • 現地証券の要否:国によっては現地で発行された保険証券を求められる場合があります。あわせてCOI(付保証明書)の発行体制も確認します。

商談が進んでから確認すると時間がかかる領域です。海外展開を計画している段階で先に整理しておくと、次の一手を止めずに済みます。

予防・自己保有・保険移転を同じ表で比べる

洗い出したシナリオに対して、打ち手は保険だけではありません。むしろ、予防・自己保有・保険移転を同じ表で比べることが、コスト全体を最適にする近道です。

予防と被害軽減に投資すべき損失を先に決める

最初に検討するのは、そもそも事故を起こさない・被害を小さくするための投資です。防火設備、止水対策、設備の予防保全、重要金型の分散保管、バックアップ体制、OTネットワークの分離、品質検査工程の強化——これらは保険料を払わずにリスクそのものを縮小します。

金融庁の検討会でも、予防・被害軽減策とBCP/BCMの位置づけが挙げられています。事故が起きにくくなれば、保険設計もその分だけ軽くできます。予防投資は、保険料の代替になり得る投資という視点を持つと、判断の幅が広がります。

小さな損失は自己保有し、経営を揺るがす損失を保険で移す

ここで先ほどの「年間営業利益の何年分か」が効いてきます。

  • 頻度が高く、金額が小さい損失:年間営業利益に対して十分小さいなら、免責金額を引き上げて自己保有し、その分の保険料を予防投資に回す判断があり得ます。
  • 頻度は低いが、金額が大きい損失:年間営業利益の何年分にもなる損失は、発生確率が低くても保険で移すことを優先します。ここが保険本来の使いどころです。

逆にいえば、軽微な損失に対して毎年保険料を払い続けている契約は、削減余地の候補になります。そこで浮いた予算を、限度額が不足している重大シナリオに振り向ける——これが「保険料総額を大きく変えずに、守りの質を上げる」典型的な組み替えです。

保険料だけでなく、自己負担・予防費・復旧費を合わせた総コストで見る

金融庁の検討会が挙げるTCoR(リスクの総保有コスト)は、次の合計で考える発想です。

  • 支払保険料
  • 免責金額・自己保有分の実際の負担額
  • 予防・被害軽減への投資額
  • 事故時の復旧費・管理コスト

保険料だけを下げても、免責金額の引き上げによって事故時の自己負担が増え、総額では変わらない、あるいは資金繰りの負担が増える場合があります。逆に、予防投資で頻度を下げつつ免責を上げ、重大シナリオの限度額を厚くすることで、総コストを抑えながら守りを強くする組み方も成立します。

全社的リスク評価と保険プログラム再構築という考え方

「保険プログラム再構築」というと大がかりに聞こえますが、実務上は次の流れです。

  1. 経営を揺るがす事故シナリオを全社視点で洗い出す
  2. 各シナリオの最大損失を、利益と資金の物差しで測る
  3. 予防・自己保有・保険移転の配分を決める
  4. その配分に合わせて、契約単位ではなく全体で保険を組み直す

契約を1本ずつ更改していると、どうしても「前年と同じ条件で」という判断になりがちです。全体を並べて見ることで、重複や不足が一度に見つかります。売上規模が変わり、拠点や製品構成が変わったタイミングは、この組み直しに最も適した時期です。

現行契約と事故シナリオのずれを見つける

シナリオが揃ったら、次は現行の保険証券との突き合わせです。ここで見つかるずれが、見直しの具体的な材料になります。

対象・限度額・免責・除外を1件ずつ突き合わせる

各シナリオについて、次の4点を確認します。

  • 対象:その拠点・設備・製品・従業員が、契約の対象に入っているか。新設した工場、増設したライン、新規に扱い始めた製品が漏れていないか。
  • 限度額(保険金額):想定した最大損失に対して足りているか。設備を増強したのに保険金額が数年前のままになっていないか。
  • 免責金額:自己負担額が、自社の資金余力に対して妥当か。
  • 除外:そのシナリオの原因が、免責事由・不担保条件に該当しないか。

この作業で最も見つかりやすいのが、成長に伴う「対象漏れ」と「金額の据え置き」です。事業が伸びているほど発生しやすいずれであり、裏を返せば、伸びている会社ほど見直しの効果が出やすいということでもあります。

てん補期間は実際の復旧工程に足りているか

利益保険・企業費用利益保険で見落とされやすいのが、てん補期間(補償の対象となる期間の上限)です。

確認方法はシンプルです。主要設備が全損した場合の復旧工程を、実際の時間軸で書き出します。

  1. 事故対応・安全確認・調査
  2. 設備の発注から納入までのリードタイム
  3. 据付・試運転・品質承認
  4. 顧客の再承認プロセス(自動車部品等では追加時間がかかる場合があります)
  5. フル稼働・受注水準への回復

合計が12か月を超えるのに、てん補期間が6か月であれば、後半の損失は補償の外です。特殊な専用設備や、海外から調達する設備を使っている場合、リードタイムだけで1年近くになることもあります。復旧工程を書き出してから期間を決めるのが正しい順序です。

火災保険に入っていることと、利益減少まで守られることは別

日本損害保険協会は、火災等の偶然な事故により休業して企業の利益が減少するリスクを「事業中断・利益減少リスク」として説明しています。財物の復旧費と、操業停止中の利益減少・継続費用・増加費用は、性質の異なる損失です。

火災保険で建物・設備・在庫が復旧できても、その復旧までの数か月間、粗利益は失われ、固定費は出続けます。前述のとおり製造業の火災保険加入率は67.5%と高い一方で、利益減少への備えまで含めて設計されているかは、証券を開いて確認する必要があります。

「火災保険には入っているから大丈夫」で止まらず、「止まっている間の利益はどこで拾うのか」まで確認する。ここが見直しで最も差が出るポイントです。

取引基本契約で引き受けた責任が保険と一致しているか

大手取引先との取引基本契約や品質保証協定には、法律上の責任を超える内容が含まれている場合があります。

  • 不良発生時の選別・手直し費用の全額負担
  • 顧客のライン停止に伴う損害の負担
  • 賠償額の上限が定められていない条項
  • 過失の有無を問わない補償条項

賠償責任保険は、原則として法律上の損害賠償責任を対象とします。契約で加重して引き受けた責任が、そのまま保険で拾われるとは限りません。契約書で引き受けた責任と保険の対象範囲を並べて確認することで、自社が実質的に負っているリスクの全体像が見えます。新規の大口取引を始める前に確認しておくと、価格交渉の材料にもなります。

1枚の事故シナリオ表を今日つくる

ここまでの内容は、1枚の表にまとめられます。表計算ソフトで十分です。まずは概数で、埋まらない欄は空欄のままで構いません。

表に入れる13の項目

No.列項目記入内容
1事故シナリオ「主力工場の火災による全面停止」など、具体的に書く
2発生時の操業停止日数復旧工程から逆算した日数
3復旧費建物・設備・在庫の再取得・修理費
4利益減少・固定費停止期間中に失う粗利益+出続ける固定費
5増加費用外注生産費、緊急輸送費、仮設費用など
6賠償・回収費対人対物、純粋経済損失、リコール費用
7最大資金流出3〜6の合計
8年間営業利益の何年分か7 ÷ 年間営業利益
9手元資金で耐えられるか手元流動性 ÷ 月次流出額=耐えられる月数
10予防・BCP実施済みの対策と、追加検討中の対策
11自己負担額免責金額+補償対象外の見込額
12現行保険の対象・限度・免責・期間証券から転記
13次の判断維持/追加/削減/自己保有/保険会社照会

記入例:工場火災を1行にまとめる

年商30億円、営業利益率3%(年間営業利益9,000万円)、月次粗利益5,000万円、月次固定費3,500万円、手元流動性4億円のモデル企業による記入例です。

事故シナリオ主力工場の火災により主要ライン全損、操業全面停止
操業停止日数設備リードタイム含め約8か月
復旧費建物・設備・在庫で3億円
利益減少・固定費粗利益減少 5,000万円×8か月=4億円
増加費用外注生産・緊急輸送で6,000万円
賠償・回収費納期遅延に関する取引先対応(要精査)
最大資金流出約7億6,000万円
年間営業利益の何年分か7億6,000万円 ÷ 9,000万円 = 約8.4年分
手元資金で耐えられるか4億円 ÷ 月次流出(固定費3,500万円+増加費用)= 約4〜5か月。復旧8か月に対して不足
予防・BCPスプリンクラー設置済/金型の分散保管は未実施/代替生産先は1社と協議中
自己負担額財物免責100万円。利益減少は現状ほぼ自己負担
現行保険財物:保険金額2億5,000万円(設備増強後の再調達価額に対し不足の可能性)/利益保険:未加入
次の判断①財物の保険金額を再調達価額ベースで見直し ②利益保険をてん補期間12か月で検討 ③金型分散保管を予防投資として実施

この1行が書けると、「営業利益の8.4年分」「資金は4〜5か月しか持たない」という事実が経営会議の議題になります。数字が出た瞬間に、議論は保険料の話から経営の話に変わります。

次の判断を4分類(維持・追加・削減・自己保有)で書き込む

各行の最後は、必ず次の4つのいずれかで締めます。

  • 維持:現行条件で妥当。次回更改まで据え置く。
  • 追加:限度額の引き上げ、てん補期間の延長、対象拠点・製品の追加。
  • 削減:損失規模に対して過大な補償、重複している契約を整理する。
  • 自己保有:免責金額を引き上げ、浮いた保険料を予防投資に回す。

「削減」と「自己保有」の欄が埋まると、見直しは保険料を増やす話ではなく、配分を組み替える話になります。重大シナリオの補償を厚くしながら、全体の保険料配分を整えられる可能性も見えてきます。

更改時に経営会議で確認する論点

更改の場では、次の4点を確認事項として固定しておくと、判断がぶれません。

  1. この1年で、拠点・設備・製品・取引先・海外売上に変化はあったか
  2. 年間営業利益の1年分を超えるシナリオで、無保険または限度額不足のものはあるか
  3. てん補期間は、現在の設備リードタイムに対して足りているか
  4. 保険料・自己負担・予防費・復旧費を合わせた総コストは、前年からどう変わったか

この4問に答えられる状態で更改を迎えられれば、保険の判断は経営判断の一部として機能し始めます。

個別テーマをさらに深く見る(関連記事)

本記事は全体を束ねる入口です。各シナリオの詳細は、以下の記事で個別に解説しています。

建物・設備・在庫と休業損失

財物補償の対象範囲、評価方法(再調達価額と時価)、休業損失との関係を整理しています。工場火災シナリオの基礎になる内容です。

工場停止時の利益保険とてん補期間

利益保険の仕組み、粗利益の考え方、てん補期間の設定方法を具体的に解説しています。「止まっている間の利益をどこで拾うか」の答えがここにあります。

仕入先・インフラ停止による事業中断

自社に原因がない停止への備え、構外事故・供給停止に関する拡張補償の考え方を扱っています。サプライチェーンが集中している場合はあわせてご確認ください。

製造業のサイバーリスク

OT環境の停止を軸にしたサイバー保険の加入判断、財物・利益・賠償との境界を解説しています。

PL・リコールの全体像

対人対物賠償、純粋経済損失、リコール費用、自社製品の修理・交換費の違いを整理しています。海外向け製品の論点も扱っています。

取引基本契約とPL保険条項

契約で加重して引き受けた責任と、賠償責任保険の対象範囲のずれを具体的に解説しています。大口取引の開始前に確認したい内容です。

那由他保険テクノロジーズができること

ここまでの手順は自社だけでも進められますが、証券の読み解きや損失額の見積もりで手が止まることもあります。那由他保険テクノロジーズは、その部分をご一緒します。

重大事故ごとの最大資金流出と現行契約のずれを整理する

御社の事業構造をうかがいながら、経営を揺るがし得る事故シナリオを一緒に洗い出し、それぞれの最大資金流出額を「年間営業利益の何年分か」「手元資金で何か月耐えられるか」に換算します。そのうえで、現行契約の対象・限度額・免責・除外・てん補期間とのずれを1枚に整理してお渡しします。

財物、事業中断、賠償、サイバー、労災、海外——横断してリスク構造を分析し、補償ギャップを可視化するのが私たちの役割です。

保険を増やさない判断も一緒に検討する

私たちは、保険を増やすことだけを提案しません。

  • 金額が小さく頻度が高い損失は、免責金額を上げて自己保有する
  • 浮いた保険料を、予防投資やBCP整備に振り向ける
  • 重複している契約や、実態に対して過大な補償を整理する

こうした「保険を減らす・組み替える」判断も、同じテーブルで検討します。目的は保険を買うことではなく、次の設備投資・採用・海外展開を止めないことだからです。保険料削減の余地の分析も、保険調達の支援も、その一環として行います。

まずは3つのことを話すだけで相談を始められる

ご相談の入口は、会話だけで十分です。次の3つをお話しいただければ、そこから始められます。

  1. 気になっている事故:「工場が止まったらどうなるか不安」「取引先から品質保証の話が出ている」など、漠然としたもので構いません。
  2. 最近の事業変化:設備投資、新工場、増員、新製品、輸出開始、大口取引の獲得など。
  3. 現在の保険で不安なこと:「何に入っているかよく把握できていない」というご相談も歓迎です。

数字も現状もまだ整理できていない——その段階からご一緒します。整理することそのものが、私たちの仕事です。

話した内容から、次の一歩を一緒に決める

最初のご相談は会話から始めます。お話しいただいた内容をもとに、最初に整理する事故シナリオと次の一歩を一緒に決めます。現在の契約内容や損失額の数字は、そのやりとりのなかで私たちと一緒に整理していきます。

次の成長を安心して進めるために、一度、自社のリスクと保険を整理してみませんか。

保険プログラムの見直しについて相談する

よくある質問

保険料を下げることが目的でも相談できますか

もちろんです。重複している契約や、損失規模に対して過大な補償がないかを確認しながら、同時に重大シナリオの限度額も点検します。削減余地と守るべき補償を同じ表で整理し、次の成長に合う配分を一緒に検討できます。

何も整理できていない段階でも相談できますか

はい。最初は「気になっている事故」「最近の事業変化」「現在の保険で不安なこと」の3点をお話しいただくだけで始められます。状況をうかがいながら、何から整理すると判断しやすいかを一緒に決めていきます。

保険証券が見当たらない場合はどうすればよいですか

そのままご相談ください。契約している保険会社や代理店が分かれば、証券内容の確認方法からご案内できます。「何に入っているか把握できていない」という段階から、契約の全体像を一緒に整理できます。

補償を厚くすると保険料は必ず上がりますか

必ずしもそうとは限りません。金額が小さく頻度の高い損失を自己保有に切り替えて免責金額を引き上げ、その分を重大シナリオの限度額に振り向けることで、保険料総額を大きく変えずに守りの質を上げられる場合があります。また、予防・被害軽減策の実施が条件面の検討材料になることもあります。実際の保険料は、保険会社の引受判断や契約条件によって決まります。

事故シナリオ表は自社だけで作れますか

作れます。本記事の13項目をそのまま列にして、まずは概数で1〜2行から書き始めてみてください。埋まらない欄は空欄のままで構いません。復旧工程の日数見積もりや、証券の条件の読み取りで手が止まった場合に、その部分だけご一緒することも可能です。すでに作りかけの表がある状態でのご相談も歓迎しています。

まとめ:次の一歩を安心して踏み出すために

売上高が2桁億円まで伸びたということは、それだけ多くの設備、人、取引先を抱えるようになったということです。守るべきものが増えた今こそ、保険を「毎年払うコスト」から「次の成長を守る投資」へと位置づけ直す価値があります。

本記事の要点を振り返ります。

  • 判断軸を「保険料の増減」から「年間営業利益の何年分か」「手元資金で何か月耐えられるか」へ切り替える
  • 売上高・営業利益・粗利益・固定費・手元流動性の5つの数字から始める
  • 経営を揺るがす事故シナリオを5〜10件に絞って洗い出す
  • 予防・自己保有・保険移転を同じ表で比べ、総コストで判断する
  • 火災保険に入っていることと、止まっている間の利益が守られることは別
  • てん補期間は、実際の復旧工程から逆算して決める
  • 次の判断は、維持・追加・削減・自己保有の4分類で書き込む

まずは1行、事故シナリオ表を書き始めてみてください。その1行から、次の設備投資も、採用も、海外展開も、安心して進められる状態がつくれます。

整理の途中で手が止まったときは、いつでもご相談ください。まだ何も整理できていない段階からで大丈夫です。

次の成長を安心して進めるために、気になっていることから一度整理してみませんか。


参考にした一次情報・公的資料

情報確認日:2026年8月1日