
非上場の自社株には、税務上の評価額と実際の換金性が一致しないという性質があります。市場で売却できず、買い手も会社関係者や後継者に限られる一方で、相続税は評価額を基準に課税されます。さらに、必要となる資金の主体も一つではありません。相続人個人が負う納税や代償金、会社が担う自社株の買取や事業保障は、それぞれ資金の帰属主体が異なります。
この構造を踏まえると、非上場株式を持つ経営者の相続対策は、株価を下げること自体よりも、相続税の納税、後継者以外からの自社株の買取、会社の事業保障という3つの現金を、誰の資金として用意するかという設計の問題になります。
取り違えやすい前提が2つあります。生命保険への加入が自社株の評価を必ず下げるとは限りません。会社が受け取る死亡保険金は、評価方法によっては会社の資産として株価計算に反映されます。また、会社が受け取った保険金は、相続人個人の納税資金へ自動的に移るものではありません。会社の資金と相続人個人の資金は、帰属する主体が異なります。
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自社株相続の資金設計で押さえる5つの前提
- 保険で備える金額は株価ではなく、納税・株式買取・事業保障ごとに既存資金を差し引いた不足額で決めます。
- 会社受取の死亡保険金は、純資産価額方式では資産に計上されます。「保険に入れば自社株評価が下がる」とは限りません。
- 契約名義だけでなく、実際の保険料負担者・被保険者・受取人・資金用途をそろえて確認します。
- 自己株式取得には会社法上の手続や財源規制があり、買取価格も税務上の確認が必要です。
- 事業承継税制や金融支援を先に検討し、それでも残る現金不足を保険で補う順序が重要です。
なぜ自社株の相続で現金不足が起きるのか
取引相場のない株式の評価方法
上場していない会社の株式(取引相場のない株式)は、市場価格がないため、国税庁の定めた方法で評価します。国税庁 No.4638「取引相場のない株式の評価」によれば、取得者の株主区分や会社規模等に応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、これらの併用方式、配当還元方式などを用います。
業績が良く純資産が厚い会社ほど、税務上の評価額は高くなりやすい傾向があります。手元に配当がほとんど出ていなくても、会社の内部留保が積み上がっていれば、相続税評価額は大きくなり得ます。
換金しづらい資産に相続税がかかる構造
自社株は、上場株式のように市場で売って現金化することができません。買い手も、原則として会社関係者や後継者に限られます。一方で相続税は、この売りにくい資産の評価額も含めて課税されます。その結果、納税額は大きいのに、それを払う現金は手元にないという状態が起きやすくなります。これが自社株相続の構造的な問題です。
申告・納付は10か月以内という時間の制約
相続税の申告と納付は、原則として被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります(国税庁 No.4205「相続税の申告と納税」)。株価が高く、現金が乏しく、期限が区切られているという条件が重なる局面で、生命保険は流動性を用意する手段になります。
保険で備える金額は「株価」ではなく何を基準に決めるのか
相続人個人・会社・事業保障という3つの資金に分ける
保障額を自社株の評価額だけで決めようとすると、設計を誤りやすくなります。備えるべき現金は用途ごとに分けて把握します。
- 相続人個人の納税資金:後継者が自社株を相続したときの相続税や、他の相続人へ支払う代償金の原資。
- 会社の株式買取資金:後継者以外の相続人が相続した自社株を、会社が自己株式として買い取る(または後継者が買い取る)ための資金。
- 会社の事業保障資金:経営者の死亡による信用低下・売上減少・借入対応などに備える運転資金。
これらは金額の性質も、受け取るべき主体も異なります。まとめて1本の保険で扱うと、いずれかの用途で不足が生じます。
用途ごとの「不足額」を計算する
保険で備える候補額は、用途別の必要資金から、実際にその用途へ充てられる既存資金を差し引いて求めます。
用途別の不足額=用途ごとの必要資金-(充当できる現預金+換金可能資産+受取主体が一致する既存保険金+活用可能な融資)
同じ預金、保険金、融資枠を納税・株式買取・事業保障の複数欄へ重複計上しないよう区別します。融資は返済原資と実行可能性を確認し、保険金は受取人と資金用途が一致する欄にだけ計上します。
| 資金用途 | 必要資金の例 | 差し引く既存資金 | 保険で補う候補 |
|---|---|---|---|
| 相続人個人の納税資金 | 相続税、代償金 | 相続人の現預金、換金可能資産、相続人受取の既存保険金 | 差引後の不足額 |
| 会社の株式買取資金 | 自己株式の想定取得対価 | 会社の現預金、会社受取の既存保険金、実行可能な融資 | 差引後の不足額 |
| 会社の事業保障資金 | 経営者不在時の運転資金、借入対応資金 | 会社の余裕資金、既存の事業保障、実行可能な融資 | 差引後の不足額 |
この表で求めた不足額は加入額そのものではなく、保険料負担の継続可能性、保険期間、引受条件、既存契約との重複を比較する出発点になります。
資金用途ごとに契約者・保険料負担者・被保険者・受取人を決める
用意したい資金の主体が決まれば、契約形態はそこから逆算します。誰が保険料を負担し、誰を被保険者とし、誰が受け取るかの組み合わせによって、資金の行き先も税金の扱いも変わります。設計はこの順序で進めます。
個人契約は相続人の納税・代償金を作る
相続人個人の手元に現金を残す場合は、個人契約が選択肢になります。ただし個人契約が一律の基本形というわけではありません。被相続人(経営者)を被保険者とし、後継者などの相続人を受取人にする形では、死亡保険金を相続人個人の資金として納税や代償金に充てられます。課税関係は名目上の契約者だけでなく、実際の保険料負担者と受取人の関係で確認します。
法人契約は自己株式取得・死亡退職金の原資を作る
会社が自社株を買い取る資金や、遺族への死亡退職金の原資を用意する場合は、法人契約を検討します。会社が受け取った保険金は会社の資金であり、相続人個人の納税資金へ自動的には回りません。死亡退職金として遺族へ支払う、または会社が自己株式を買い取ることで遺族に現金が渡るといった、資金が個人へ移る具体的な流れを設計しておく必要があります。
個人契約と法人契約を同じ条件で比較する
次の表は代表的な形を比較するものであり、個別契約の課税関係を確定するものではありません。実際の保険料負担者が名義上の契約者と異なる場合も含め、税理士と確認します。
| 確認項目 | 個人契約の例 | 法人契約の例 |
|---|---|---|
| 実際の保険料負担者 | 経営者個人または後継者個人 | 会社 |
| 被保険者 | 経営者 | 経営者 |
| 受取人 | 後継者などの個人 | 会社 |
| 主な資金用途 | 相続人の納税資金、代償金 | 自己株式取得、死亡退職金、事業保障 |
| 主な確認先 | 税理士、保険会社・代理店 | 税理士、弁護士、保険会社・代理店 |
個人受取は個人の納税資金を、法人受取は会社の資金を作ります。判断の基準は有利不利ではなく、必要資金の主体と受取主体が一致しているかどうかです。
会社受取の死亡保険金は自社株評価にどう影響し得るのか
純資産価額方式では保険金請求権が資産に計上される
「保険に入れば株価が下がる」という理解には注意が必要です。国税庁の質疑応答事例「評価会社が受け取った生命保険金の取扱い」によれば、被相続人の死亡を保険事故として評価会社が受け取る保険金は、生命保険金請求権として評価会社の資産に計上されます。純資産価額方式で評価する会社では、この請求権が株価計算に反映されるため、会社受取の保険金が株価を押し上げる方向に働く場合があります。
死亡退職金・保険差益への法人税額等は負債に計上される
同じ質疑応答事例では、支払った死亡退職金と、保険差益に対する法人税額等は負債に計上するとされています。資産計上と負債計上の両面があり、差引きの結果は会社の状況によって変わります。実際の影響額は、税理士による株価試算で確認します。保険を株価引き下げの手段と単純化することはできません。
税務上の株価と実際の買取価格は別物
相続税を計算するための税務上の評価額と、会社や後継者が実際に自社株を買い取るときの取引価格は、必ずしも一致しません。買取価格は当事者間の合意や資金力にも左右されます。保険で用意すべき買取資金は、税務上の株価だけでなく、実際にいくらで買い取る想定なのかを踏まえて見積もります。
ただし、買取価格を自由に決められるわけではありません。会社による自己株式取得には、会社法上の決議などの手続と分配可能額による財源規制があります。関連当事者間の価格設定には、みなし配当や贈与等の税務論点も生じ得るため、実行前に税理士・弁護士へ確認します。
死亡保険金の課税関係を取り違えない
保険料負担者・被保険者・受取人の組み合わせで課税が変わる
国税庁「保険と税」によれば、死亡保険金の課税関係は、保険料負担者・被保険者・受取人の組み合わせによって、相続税・所得税・贈与税のいずれの対象になるかが変わります。同じ金額を用意しても、契約形態を誤ると想定外の税負担が生じます。設計段階で確認すべき論点です。
非課税限度額500万円×法定相続人の数の条件
国税庁 No.4114「相続税の課税対象になる死亡保険金」によれば、被相続人が保険料を負担し、相続人が死亡保険金を受け取る場合には、500万円×法定相続人の数の非課税限度額が適用されます。相続人以外の人が受け取る場合には、この非課税の適用がありません。受取人が誰かによって、手元に残る金額が変わります(2026年8月時点)。
事業承継税制を使う場合も保険は必要か
法人版事業承継税制の期限と要件
自社株にかかる相続税・贈与税の納税を猶予・免除する仕組みとして、法人版事業承継税制(特例措置)があります。中小企業庁の案内によれば、2026年8月時点で、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、特例措置の承継期限は2027年12月31日とされています。適用には一定の要件と手続きがあります。
制度適用後も残る流動性リスク
事業承継税制で自社株の納税が猶予されても、流動性リスクがすべて消えるわけではありません。要件を満たせなくなれば猶予が打ち切られ、猶予税額と利子税の納付が必要になる可能性があります。自社株以外の相続財産にかかる相続税や、後継者以外の相続人への代償金には、別途現金が必要です。制度を使う場合でも、保険による現金の備えを検討する意味は残ります。
遺留分の民法特例・金融支援との併用
中小企業庁「経営承継円滑化法による支援」では、遺留分に関する民法特例、金融支援、事業承継税制が制度の入口として案内されています。保険はこれらと排他ではなく、制度・金融支援を先に検討したうえで、なお不足する現金を保険で補うという順序で組み合わせられます。
いつ・誰と・どの資料で見直すのか
そろえる資料
見直しの精度は、手元資料の網羅性に左右されます。必要となる資料は次のとおりです。
- 税理士による株価・税額の試算
- 株主名簿(誰が何株持っているか)
- 既存の保険証券(契約者・被保険者・受取人・保険金額・保険期間)
- 役員退職金規程
- 資金繰り表・決算書
税理士・弁護士・保険代理店の役割を分ける
自社株評価と税額の確定は税理士、自己株式取得や遺留分などの法的判断は弁護士の領域です。保険代理店は、これらの試算・判断を前提に、保障額・受取人・保険期間・保険料負担を用途別に整える役割を担います。役割を分けることで、それぞれの前提を突き合わせた設計が可能になります。
見直しの時点
設計は一度で完了するものではありません。株価が大きく変動したとき、後継者が確定したとき、既存保険が満期を迎えるときが見直しの節目となり、実態と設計のずれを防げます。
よくある質問
自社株評価と必要保障額は毎年見直すべきですか。
毎年必ず保険契約を変更する必要はありませんが、決算で利益・純資産が大きく動いたときは、税理士の株価・税額試算と保障額の前提を照合します。後継者の確定、株主構成の変化、保険の満期も見直しの節目です。
会社が死亡保険金を受け取れば、後継者はそのまま相続税を払えますか。
会社受取保険金は会社の資金であり、後継者個人の納税資金へ自動的には移りません。死亡退職金の支給、会社による自己株式取得など、会社から個人へ資金が移る別の取引について、法務・税務を確認する必要があります。
個人契約と法人契約のどちらが相続対策に有利ですか。
一律には決められません。相続人個人の納税資金を作るのか、会社の株式取得・事業保障資金を作るのかで適する受取主体が変わります。実際の保険料負担者・被保険者・受取人と、必要資金の主体を同じ表で比較します。
事業承継税制を使えば生命保険は不要ですか。
必ずしも不要にはなりません。事業承継税制には要件・手続があり、自社株以外の相続税、代償金、事業保障などの資金需要は残り得ます。制度適用後の不足額を計算してから、保険の要否を判断します。
後継者がまだ決まっていなくても準備できますか。
現時点の株価、株主構成、既存保険、想定税額を整理し、事業保障の不足を確認することはできます。受取人や株式移転方針は後継者の確定後に変わり得るため、確定時を契約と資金計画の再確認日に設定します。
那由他保険テクノロジーズによる納税・株式取得・事業保障の比較支援
那由他保険テクノロジーズは、税理士による株価・税額試算、株主名簿、既存の保険証券、退職金規程、資金繰り資料を照合し、相続人個人の納税資金・会社の株式取得資金・会社の事業保障を分けて分析します。成果物は、保障額・受取人・保険期間・保険料負担を用途別に整理し、現金の過不足を可視化した比較資料です。
自社株評価と税額の確定は税理士、法的判断は弁護士の領域とし、那由他はその前提を踏まえた保険設計の比較に業務を限定します。保険を新たに買わない、既存契約を維持する、事業承継税制や金融支援を先に検討するという選択肢も残したうえで、資金用途ごとの過不足を整理します。証券や税理士の試算資料が手元にそろっていない段階でも相談は始められ、必要な資料は相談のなかで那由他と一緒にそろえていきます。
関連する資金計画
会社または後継者が株式を取得する場合は、価格だけでなく取得主体と資金調達を分ける必要があります。具体的な整理は後継者の株式買取資金と生命保険の実務で確認できます。
相続資金とは別に、経営者不在時の運転資金や借入対応も見積もる必要があります。事業保障の必要額は経営者保障と必要額の考え方で整理しています。
参考一次情報・公的資料
- 国税庁 No.4638「取引相場のない株式の評価」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4638.htm - 国税庁「評価会社が受け取った生命保険金の取扱い」
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hyoka/08/01.htm - 国税庁 No.4205「相続税の申告と納税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm - 国税庁 No.4114「相続税の課税対象になる死亡保険金」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm - 国税庁「保険と税」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/04_2.htm - 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html - 中小企業庁「経営承継円滑化法による支援」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.html - e-Gov法令検索「会社法」
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
本記事は2026年8月時点の一般的な情報であり、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。具体的な株価評価・税額は税理士、法的判断は弁護士にご確認ください。制度の期限・要件は変更される場合があります。